見るべきでないもの1-4
深夜に扉がノックされた。
壁掛け時計は2時少し前を示している。アレッタはタオルと替えの着替えを抱いて、扉を開けた。片手を挙げて夜の挨拶をする聖羅も入浴用具一式を持っていた。
「じゃあ、行くぞ。女二人の深夜入浴に。クク、こう聞くと淫靡な音だなァ」
「お風呂に入るのがメインではないでしょう。あくまでこの鏡が見せる未来について、です」
「ああ、分かっているよ。私が私じゃない私の未来を是非とも見てみたいね」
二人はさっそく地下大浴場へと並んで歩く。
「聖羅、いい匂いですね」
「あぁ? なんだ、深夜に欲情か? 勘違いするなよ。これから向かうのは浴場であって、欲情しにいくんじゃないぞ」
「わ、わかってますよ!! 違います。違くはないですけど、ああ、聖羅が変なことを言うから頭がごちゃごちゃです」
「クク、可愛いなぁ。んで、この香水の匂いだろ。気に入ったのなら、やるぞ?」
「えっ、いいんですか。でも、この匂いは、確か……」
「日本を代表する花の香りだ」
「あっ、あの春に咲く?」
「ああ、そうだ。桜の香りという奴だ。まだ未開封が二本あるから、明日にでも渡してやろう」
赤茶色の長い髪が揺れるたびに桜のほのかな香りがアレッタの鼻腔を撫でる。優しい香りだ。柊の楽園にも一本だけ桜の木が植えてあるが、なかなか満開にはならないと、柊も四苦八苦しながら毎年育て方の研究に励んでいる。
「聖羅。その、いつか、日本の桜を見せていただけませんか?」
「何で私に言うんだ? 大好きな柊にでも連れて行ってもらえばいいだろうが」
「そう、なんですけど。聖羅から頂く香水を付けて、その、二人で、桜を見ながらお団子を食べたいな、と。だめ、ですか?」
「……まあ、構わんぞ。そうだな、上野公園の桜とかがいいだろうな」
そんな世間話をしていたら地下大浴場にたどり着いた。
電気は付いてはいるが誰も入浴していない。脱衣所のカゴに衣服を畳み入れ、二人は起伏のない真っ平らな胸にタオルを巻いて準備は整った。
アレッタの手には手鏡があり、浴場への扉を開ける。
「誰もいない浴場というのは、気分がいいな。独占じゃあないか」
「この手鏡はお湯の中じゃないと未来を映さないんです」
「まあ、待て。お前は身体も洗わずに湯に浸かるつもりか?」
「あ、そうでした。すみません、未来のことで頭がいっぱいになってしまって」
二人並んで頭と身体を洗う。
聖羅の桜の香りは湯に流された。チラリと横目で彼女を伺うと、湯に濡れた髪には妙な色気があり、長い四肢は滑らかで艶やかだ。
「お前の方が綺麗だろ」
「えぇ!? な、何のことですか」
「私を視姦していただろうに」
「視姦なんてしてません! ちょっと、綺麗だなぁと思っただけで」
「まあ、そういうことにしておくか」
身体も綺麗になったので、これから湯に浸かる。浸かって未来を視る。
肩まで湯が浸かると、ジンジンと凝った筋肉がほぐれていく感覚に表情が柔らかくなっていく。
「で、湯に沈めてどうするんだ?」
「えっと、勝手に手鏡が光って、鏡面に未来が映し出されます」
時間が進んでいく。
手鏡はいつになっても発光せず、未来を映さない。
「ほ、本当です! う、嘘じゃありません」
「別に疑ってはいない。お前は嘘をつけるような人間じゃあないからな。なら、きっと湯に沈める以外の条件が必要か。おい、昨日と今日での違いを思い出せ。何かあるだろう?」
「少し待ってください。昨日と今の違い……」
思い出した。
「幽霊さんがいません」
「なら、呼べ」
「ゆ、幽霊さぁん」
小さな声で呼んでも幽霊は現れない。
「おい、亡者! 出てこないなら、この浴場を切り刻むぞ!」
「だぁれが、亡者なのよん!」
湯の中から幽霊が顔半分だけ覗かせた。
なぜかとても眠そうだが、そんな相手の都合を考えない聖羅はアレッタからs手鏡を受け取り、幽霊の眼前に突きつけた。
「どうすれば、未来が映る?」
「私は知らないわよ。だって、私が作ったわけじゃないのだからね」
「なら、未来を映した時の状況を今と重ね合わせろ」
「そんな命令口調には乗れないわぁ」
「ほう、私の魔術は幽霊相手でも切り刻むぞ」
「そのようね。日本の名家生まれさん。将来の」
聖羅の顔つきが険悪になった。
「あら、こんな安い挑発に乗るような底が浅い女なのかしら?」
「ちょっと、聖羅。幽霊さん」
アレッタが二人の間に割って入るが、眉間にしわを寄せ唇を噛みしめる聖羅に突き飛ばされ、お湯の中に沈んだ。
だが、そのときだった。
手鏡が光り出したのは。
「ほら、光ったじゃない。視れるわよ。未来が」
アレッタはぷはぁと湯から顔を出して、手鏡に視線を落とす。聖羅も身を乗り出して密着するように二人で未来を視る。
こんばんは、上月です
次回の投稿は17日の21時を予定しております!




