見るべきでないもの1-2
しばらく一人入浴をしていてのぼせそうになった頃合いだった。
幽霊の少女は水面から顔半分だけ覗かせてアレッタの目の前に現れた。
「うひゃあ!?」
素っ頓狂な奇声は大浴場に響くが、これで誰かが浴場の様子を見に来ることはない。外までは声が漏れないし、たとえ漏れていたとしても、これがアレッタの声だと誰も気づかない。誰もが避ける時間帯でそのような声を聞けば、誰もがきっつ部屋へと引き返すに違いない。
幽霊の少女はクスクスと悪戯っぽく笑う。
「お湯の中を覗いてみて。いいものが見られるのよ」
「そう言って、溺れさせようとしてるんじゃないですか?」
疑心に満ちた視線を幽霊に向けつつも、好奇心が旺盛なアレッタはやはりお湯の中が気になって仕方がない。
「なら、貴女が安心できる距離まで離れるわよ。どれくらい? これくらいかしら? えっ、もっと? このままだと脱衣所よ」
アレッタは脱衣所に姿を消した幽霊に一応の警戒を敷いておきながら、顔面を湯船につけた。銀色の長い髪がユラユラと水面で泳ぎ、脱衣所から顔を出した幽霊は「あなたの方が幽霊っぽいわ」とおかしく笑って、また脱衣所へと引っ込んだ。
水中で目を開けても司会はぼんやりとしていて何かをしっかりと認識することができない。だが、確かに湯の中に何かがあり、それに手を伸ばして掴んだ。
湯から顔を離して、手に持ったそれに視線を向けた。
「綺麗ですけど、お風呂の中にあったら危ないですね」
六角形の手のひらに収まる六角形の鏡。
縁は赤く薔薇の装飾がぐるりと一周している。これが面白いものなのだろうか、とじっとその鏡面を見つめていても、人形のように整った自分の顔しか映らない。
アレッタはまた思い出した。
手鏡から幽霊の顔がヌッと映り込んで鏡が割れる心霊映像を。まさかその類いではないだろうか。幽霊が持ってきた代物なのだからその可能性は十分にあり得る。
「使い方が違うわよ。鏡を水につけて鏡面を覗くの」
「えっ、こ、こうですか?」
言われたとおりにすると、これまで何の変化も見られなかった鏡が発光した。
「こ、これって!」
鏡には自分や聖羅が映っている。
自分の周りには見知らぬ人たちもいて、聖羅を取り囲んでいた。自分も含めて囲んでいる人物たちは殺気だっているようにも見え、囲まれている聖羅は今までに見たこともない禍々しい歪んだ微笑みを浮かべている。
「なん、ですか。聖羅はこんな、こんな顔はしません」
「そのうちするわよ。いつかは、知らないけど」
「どういうことですか! これは一体、何なのですか!」
「未来視の鏡と言われているわ。これは、人が作り出せる代物なんかじゃないの。私もこれを見て、自分が死ぬ運命を知ったわ」
「自分が死ぬ運命?」
「別に死ぬ瞬間を見せる鏡じゃなくて、本当に少し先の未来を映してくれるの。だけどこの鏡、この時間帯じゃないと人間に視認できないのよね。Sランクのアダム・ノスト・イヴリゲンが作り上げたんじゃないか、って私は予想しているの。だって、この城もアダムが作ったらしいじゃない」
幽霊の言葉はもう耳に入ってこない。
鏡に映る聖羅を自分や周りの魔術師や執行会とおぼしき人物たちが一斉に神秘を放った。聖羅は炎で包まれ、蔦や根に貫かれ、あげくには使役悪魔たちが聖羅の肉に食らいついている。目を背けたくなる光景。どうして、自分が聖羅を殺さなくちゃいけないのか。その原因がわからない。
「聖羅……」
物言わぬ変わり果てた天才と称された魔術師が転がっていた。もう、誰かなんてわからないくらいにグチャグチャになって。
鏡からバッと顔を上げると、幽霊は同情するような視線でアレッタを見下ろしていた。
「それ、あげるわよ。他にも未来が視れるはずだから」
「そんな、あんな未来を視たって」
「変えれてあげればよろしいじゃない」
「えっ」
「未来は不確定。私が死んだのは抗う力がなかったから。まあ、しょせんCランクの魔術師だったしね。でも、貴女は違うでしょう? Aランクの魔術師さん」
幽霊の少女は頑張りなさいな、と激励をして水の中にまた沈んでいった。しばらくしても帰ってこない彼女はもう帰ったのだろう。
体調不良なんて吹き飛んでいた。
当然、湯の効能ではなく、鏡が見せた衝撃的な未来によって。
「私は、聖羅を救う。あんな未来を訪れさせるわけにはいかない。絶対に」
鏡は再び発光し始めたが、決意を固めていたアレッタは気づいていなかった。
こんばんは、上月です
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