歪みの対処任務1-8
「危うく全滅、だったかの」
朗らかな声質は愉快そうに。
その声の主はアレッタも柊も良く知る人物だった。
「クラウス伯!? ど、どうしてここに」
柊の驚きさえ可笑しそうにクラウスは切り揃えた鼻下の髭を撫でた。
「風の噂を聞きつけて来た訳なんだが、まあ、これは的中だった。お主たちは消耗しておるな。その状態ではこの規模の歪みを滅する事も難しいだろう。心強い助っ人を連れて来てある」
クラウスの背後から人影が覗いた。
彼女の姿を見て、アレッタは心の底から活力が漲ってきた。もう大丈夫。そんな気持ちにさせてくれる強さをもつ天才が、自信に満ちた歪んだ笑みを浮かべていた。
「ああ、この魔法使いは知っているなァ」
「聖羅!」
魔法使いを見下ろして、彼の様に鼻を鳴らした。魔法使いにはそれほど興味もなさそうに、次に柊へと視線を移した。ただし、赤茶色の彼女の瞳からは静かに怒りの色が揺れたのを、柊本人は感じ取った。
「おい、お前。在籍する魔術師を守る統括者だろうが。それも最愛の弟子一人守れんのか貴様は。いや、弟子を守れない体たらくならそれはそれで構わん。私の友人を守れん男にアレッタは預けられんぞ」
「反省はしているよ。でもね。守り切るつもりだった」
「終わった後ならば、いかようにも言葉は並べられるぞ」
「確かにね。だけど、本当の事だよ。異形共にアレッタを傷付けさせるつもりは無かった」
「まあ、お前の実力もまだ未知数だ。何か秘策があったのかもしれんな。今回は信じてやる。それ、だ。早いところ歪みを消失させるぞ。私は歪みの消失に初めて立ち会う。何をすればいいのかもわからん。ここは、統括者として若い芽たちに道を示してくれよ。クク、ここに転がってるコイツみたいに無様だけは晒さんでくれよ。狂信者共に魔術師の品格を貶めさせたくはないからな」
聖羅は執行会の二人を一瞥し、あえて聞こえるように言った。聖羅は執行会を毛嫌いしている。聖羅の執行会に対する怒りは魔術師狩りが根底にある。不愉快を隠そうともしない口調で聖羅は続ける。
「異形蔓延る神の治世は、とても過ごしやすいんだろうなァ。少なくとも退屈は無さそうだ。下らない妄信世界に適応できれば、あれか? 孤児やルンペンは食うに困らない生活を送れるんだろう? まあ、布教活動とかいう押し売りの営業に励んでほしいものだよ。私達、魔術師なんて相手にしてないでな」
「ちょっと、お前ぇ!」
「止めろ、フォークス」
「ですがですが、アイツ、神様や執行会を侮辱しましたよ! 執行しましょうよ!」
「だから、止めておけ。お前じゃ歯が立たない」
「じゃあ、先輩が執行すればいい話です! 違いますか?」
「俺でも無理だ。あの娘と殺し合いで生き残れるのは、統括者のクラウス殿と、柊殿くらいだろう」
カレッジの言葉を信じたくは無いフォークスは頬を膨らませてそっぽを向いてしまった。そんなことよりも歪みを消失させるべきだ、というカレッジの提案に全員が首肯した。
次なる防衛手段に出られる前にケリを付けたい。
濃い土色の模様が再び発行し始めた。
次手を封じるために動いたのは稲神聖羅。
ナイフの切っ先を模様の至る箇所に向ける。
不可視の斬撃が模様の連結を次々と断っていく。だが、この行為に何の意味があるのか。この場の誰もが即時反応できる態勢を取りつつ、聖羅の一連の流れを眼で追って行く。
「何をしているんですか? 模様を傷付けても、私達は既に模様の色んな箇所を抉っています」
アレッタの言葉に返さずに、ただ黙々と冷静に、なおかつ迅速に斬撃を以って断ち切っていく。
いくら待っても歪みの防衛反応は発現しない。
「どういう、事ですか?」
聖羅は短い息を吐いて、アレッタの疑問に答えた。
「ただ闇雲に破壊しようとしても駄目だ。防衛反応の展開条件は、この模様に何かしらの熱量、まあ、分かりやすく言えば私達の魔力のようなもんだ。ソイツを決められた場所に流し込むことで展開されると読んだんだが、クク、正解のようだな」
「どうして、分かったんですか?」
「土色の模様をざっと眺めていたんだが、他より若干だが発光が強く感じる場所があってな。光の強い箇所から伸びる線を断ち切ってみたわけだ」
この場の誰もが聖羅の僅かな機微から、解決の可能性を瞬時に導き出す速さに固唾を飲んだ。
「これで、歪みも可愛い赤子同然だなァ。本来はお前等の仕事だろう。後は任せた」
アレッタは柊と顔を見合わせて頷き合った。
「アレッタ。美味しい所を残してもらったんだ。消滅は僕がメインでやる。アレッタは僕の合図で植物達を模様の中心点に突き立てて」
「はい!」
柊の結晶片が無抵抗の歪みに付着し、地面が結晶化を始める。
魔術に抗おうと発光を強くするが、熱量を贈る主要個所を切断されたことで、成す術もない。
結晶化が全域に行き渡った所で柊が合図を出した。
こんばんは、上月です
次回の投稿は3月1日の21時を予定しております!




