歪みの対処任務1-5
その顔に見覚えはあった。
三年半前に聖羅が飢えた狼の討伐に出掛け、自分も彼女が心配になって後を追ったあの日だ。
今の状況はまるであの時の再現だった。
深い自然に囲まれた開けた場所。
亜麻色の髪をした青年は、あの時と寸部違わぬ容姿で、アレッタを品定めするように眺めている。
「魔法使い」
「そうです。僕は魔法使いです。稀代の魔術師、稲神聖羅でさえも逃走を余儀なくさせた、ね」
「今の聖羅は、あの時とは格段に実力差がついています」
「へぇ、なるほどね。じゃあ、貴女はどうかな。アレッタ・フォルトバイン。自分なりの無道を歩んでいるのかな? どうなんだい」
アレッタが言い返す前に、大きな背が魔法使いの姿を遮った。
「キミは、ここがどういう場所だか分かっているんだよね」
「もちろん。そういう貴方は誰かな?」
「シェルシェール・ラ・メゾン統括者、柊春成」
「ああ、三統括の一人ね。随分と若い。名前の音からして稲神と同じ日本人でいいのかな?」
「生れはどうでもいいよ。いま重要なのは、この歪みの中心点で、魔法使いが何をしようとしているかだよ」
「別に何も」
「信じると思う?」
「思わないね」
柊は既に魔力を全体に行き渡らせていた。
あとは魔術展開のための詠唱を済ませればいい。
だが、魔法使いは魔術師と違って、力を使う際に詠唱を必要としない。
ただし、ほとんどの魔法使いは力が不安定で暴走という形で災厄を振り撒く。そんな彼等が力の安定性を測る為に魔法の砂と呼ばれる代物を使う。
「僕は、そこいらの魔法使いと違って砂は使わないよ」
「それは厄介だね。それだけでもとても脅威だよ」
悠長に会話をする柊の背後では、異端殺しの神の使徒たちが加護を放っていた。
「舞え! 炎舞の天使」
「先手必勝です! 閃け、炎帝の剣」
天子と剣の形をした炎がそれぞれ、魔法使い目掛けて飛翔する。
「アレッタ、今のうちだよ!」
次は執行会たちが時間稼ぎをする番だ。
「純なる結晶よ、繰り返し積み重ねる時間さえも封じる静謐なる粋。世界真理さえも閉じて、僕は識る。集めよ、そして凝固せよ――万物純化の結晶粋論」
手に握られた親指くらいの結晶を媒体とする柊の魔術。
結晶が砕けて粒子状のキラキラとした輝きが魔法使い向かって流れていく。
炎を紙一重で躱す魔法使いは、粒子を一瞥して興味不可争に眼を細めた。
追撃の手を緩めてはいけない。
アレッタも魔術を展開すべくすでに流しておいた魔力に干渉し、最大限の地の利を得る成長の神秘を行使した。
「大地に芽吹く成長の粋。いかなる時代であろうと諦める心知らず、いついかなる瞬間に咲く事待ち続ける。健やかなる土壌から覗く芽に希望の陽光と知識の雨を――咲かせよ世界真理の大輪を」
純白の魔力がアレッタの体内から放出され、地に描かれた魔術陣が広範囲に領域を伸ばしていく。
領域内の植物は本来、長い時間を掛けて成長する過程をすっとばし、硬化し、自己意思で活動を可能とした進化した植物達。
空気を押し退ける鈍い音が幾つも重なり、極太の蔓や幹が魔法使いを叩き潰し、穿ち、抉ろうと物理的脅威が閃く。
「弱く美しいお嬢さんは、あれから何か変った風には見えないね。猪のようだ。突っ込むしか能のない芸だ」
「魔術は殺す為の力ではありません!」
「ああ、そうだったね。意味も無い事に人生を捧げ、結局、何も学べずに死ぬ奴が多いお遊戯だったな」
「存在意義も分からない魔法使い!」
アレッタが激高した。
さらに植物の殴打が激しくなるが、以前、聖羅の魔術さえ遮る暗黒正四角形体に隠れ、外壁のわずかさえ傷付ける事が出来ない。
「あっはっはっはっは、神様の奇跡も、探求の奇跡も、この宇宙魔法には届かない!」
究極の防御に神の神秘も、探求の神秘も歯が立たない。
このままでは消耗するだけだ。
柊は次なる一手を打つために、さまざまな色の結晶を取り出した。
こんばんは、上月です
次回は20日の22時を予定しております!




