柊の魔術1-1
暇なときはこうして庭園を見回っている。
淡い色合いから濃い色合いの多種多様な花達は、今日も花弁に水滴を日差しで反射させている。雄々しくも美しく咲き誇る花達は別の色を宿していた。
「緑、緑、赤……黒」
花弁の色合いではない、アレッタにしか見えぬ花達の色――生まれた時から植物の感情が色として見えていた。
一輪一輪が浮かび上がらせる感情の色を読み取っていくアレッタの表情は、悲しみの色合いを浮かばせ、赤と黒の色を主張する花に視線を落とす。
「喧嘩は、ダメです。仲良くして、ね。それと……」
見眼麗しい表面上の花達だが、好き嫌いが激しい一面を持ち合わせている。例外なく全ての花々は人間と同じように感情を持っているだから、言葉を話さない人間より気難しいと言える。
人と異なる能力を持っていたアレッタは、フォルトバイン家では異形の子と陰口を叩かれて過ごしていた。
気味悪がる彼等とは正反対の反応を示したのが、アレッタを引き取った柊春成。
住み始めて一か月が過ぎて、この能力の事を打ち明けると、子供の様に眼を輝かせて本気で羨ましがっていた。植物を愛する彼からしたら、人と意思疎通のできない花達の感情を理解する能力というのは、とても魅力的に感じたのだろう。羨望を強く受けた能力もアレッタにとってみれば、やはり邪魔な呪いだった。
「この子、死んじゃう。でも、こっちは若い成長の緑に嫉妬してる」
黒は死期が近く、赤は嫉妬や怒りを示す。
手に持ったスコップで、嫉妬する花を囲うように掘って、別の場所に植え直さなければ、他の若い花達に悪影響を及ぼしてしまう。
「えっと、大丈夫。あなたは綺麗だから……嫉妬なんて、しなくても」
周囲をキョロキョロと見渡して、この花と相性が良さそうな花を探して回る。どの花に近付けても、手に収まる嫉妬の花は赤色以外を示さない。それどころか、より一層に赤が色濃くなっていく。自分以外の花全てに嫉妬しているようだった。
「おや、アレッタ。どうしたのかな、そんなに慌てて」
「柊先生……えっと、その、この子」
「何色をしているの?」
興味深そうに聞く柊はエプロン姿をしていた――そろそろ昼食時だから、アレッタを呼びに来たのだろう。
どうすればいいのか分からなくなっていたアレッタは、パニックになる頭でも何とか状況を説明しようと乾いた口を開け、たどたどしい説明で懸命に訴えた。
「この子、えっと赤色で、怒っています。でも、庭園の何処を探しても、色が収まらなくて……それでどうしようって。早くしないとこの子も黒に変わっちゃうから……私、それで」
真剣な面持ちで説明するアレッタに苦笑して、きっちり四歩分離れた場所まで近づいた。
「大丈夫だよ、落ち着いて。アレッタは、この子をどうしてあげたい?」
「どうって……落ち着く場所に植えなおして、綺麗に咲いていて欲しい、です」
「だよね。僕も同意見だ。命があるなら、強く美しく生きて欲しいよね。でも、この子が納得する場所がこの庭園にはない、と。なら、別の形で綺麗にしてあげるのも手段じゃないかな」
どういうことだろうかと余計にパニックになる。柊の言っている意味が理解できなかった。別の形という引っ掛かる手段。そんな手法があるのならば、是非とも見てみたかったし、知りたかった。
「あるのですか!? この子が納得できる方法が」
「納得できるかは分からないけど、あるよ。僕にはそれが出来る」
このまま手に抱いていても枯れてしまう。
「お願いします。柊先生、この子を」
四歩分離れていては花を手渡す事が出来ない。
身体に力を入れて呼吸を止める事で、我が身を精神的に守る術を以って、柊に二歩分の距離まで近づいて、花をそっと手渡した。
「あはは、動きがロボットみたいだ。よし、じゃあ、先にご飯を食べてて。僕はちょっとこの子を綺麗に咲かすから」
「……お願い、します……ふはぁ」
四歩離れてようやく息を吐き、肺に新鮮な空気を大きく取り込んだ。何度か大きく深呼吸をしてようやく気持ちも落ち着き、苦笑する柊に深く頭を下げて屋敷へと駆け出す。
「転ばないようにね! さて、キミにも困ったね。僕もキミ達の気持ちが知りたいなぁ……羨ましいなぁ」
アレッタの能力を切実に羨ましがる青年は、ハンカチで根っこの土を払い、屋敷から離れた庭園の隅に建つ小屋に向かった。
小屋の周囲は草壁で覆われ、小さなベンチと小さな花壇がある。トマトを自家栽培していて唯一、アレッタに立ち入りを禁じている柊の秘密の場所。
「魔術を使うのも久しぶりだなぁ。大丈夫、上手くできる。うん、アレッタに似合うように咲いてくれよ」
窓はカーテンで遮られていて薄暗いが、埃臭さや空気が澱んでいるなんてことは無く、とても居心地が良い程に空気が澄んでいる。
「空気に着火剤の意味を持たせる」
柊は短くそれだけを呟いた。
机の上のロウソクに小さな火が灯る。
これこそが魔術師が魔術とは別に扱う魔術式という神秘――魔力に曖昧な現象の意味を含ませ、必要最低限の魔力消費で、世間一般で認識されている魔法のような神秘を引き起こす事が出来る奇跡。
魔術師が扱う魔術とは、戦闘手段のそのものではなく、膨大で曖昧な世界真理を識る為の神秘。個人の探求理論によっては戦闘向きの魔術もあれば非戦闘向きの魔術もある。彼等が外敵から身を守る為に編み出された神秘こそ、この魔術式だった。
今使った魔術式は、ロウソクの周囲の空気を特殊性ガスに変換し、振動を与えることで着火させるというトンデモ理論。
唯一魔術式でまともに生成できないのが電気――基本的には炎や水は空気を媒体にして曖昧なイメージで物質変換を起こさせるが、家電を稼働させるだけの電気は自然物質から捻出できなかった。
机に紙を敷き、その上に花を横たえさせる。
ポケットから指先大の結晶を一つ取り出し掌で転がす。体内の奥深い場所から魔力を毛細血管のように張り巡る魔力路に流し込み、魔術理論を脳裏で強く思い描いた。
「純なる結晶よ、繰り返し積み重ねる時間さえも封じる静謐なる粋。世界真理さえも閉じて、僕は識る。集めよ、そして凝固せよ――万物純化の結晶粋論」
掌の結晶が細かく崩れ、キラキラとした粒子物質となり、宙を舞って花に付着していく。
茎や花弁から薄っすらと色が抜け落ちていき、ガラス細工のように硬質な物質へと置き換わり始める。
花が結晶化しきるまで時間はかからなかった。
「うん、上手く出来た。キミは老いる事も無く、一生その美しい姿でいられるよ。ごめんね、こうするしかキミを活かす方法が思い浮かばないんだ」
重みはなく、脆くもない、自分と同じ名を持つ花の結晶を懐にしまい込んだ。
こんばんは、上月です
次回の投稿は8日の21時を予定しております!