聖羅の用事1-10
大きな山の麓で聖羅の目撃情報を集めていた。
やはり数日前にアジア系の少女が山に向かっていったという。それは間違いなく聖羅だと二人は頷き合う。
「山に向かったのが数日前で、帰ってきた姿を誰も見ていない、となると……」
「そんなことはありません! 聖羅がそんなことなんて……」
何度も自分に言い聞かせる。
人を小馬鹿にして笑う異常なほどの探求欲を併せ持つ天才が死ぬはずはない。言い聞かせている時点で信じ切れていない自分に辟易しつつも、迷っている時間は無い。
アレッタはキルツェハイドとその広大な山に足を踏み入れることにした。
「俺の魔術は非戦闘向けですからねぇ。一応、拳銃は持っていますが、飢えた狼相手には効果は期待しない方がいいでしょうね」
「はい。その時は私が何とかしてみます」
なんとかできるのだろうか。
なんとかするしかない。アレッタはここが自分にとって好都合な場所だと思い出し、植物達に話しかけた。そんな他人から見れば異常者にしか映らない行動に、キルツェハイドはなるほどと何度か小さく頷いて、アレッタの邪魔をしないように黙り込む。
「聖羅は向こうの方角だそうです。ただし」
そこでアレッタは一度言葉を切った。
「とても危険な状態である可能性が高いみたいです」
「それは、どういった意味で?」
「…………」
言葉が震えて発声できない。
ただ、ふるふると首を振るう。
「わかりました。急ぎましょうか」
植物の噂話に耳を傾けながら暗い木々の道を奥へと進んで行く。数時間は歩いただろう。近道だという足場の悪い場所ばかり歩かされ、開けた場所にでた。正確には拓けている。木々が切り倒されている。
これが誰の仕業かは直ぐに見当がついた。
「聖羅の魔術、ですね」
「魔力の残滓が薄いことを考慮して、二日ほど前でしょうかね。確信は持てませんが」
「魔力の残滓、ですか?」
「ああ、俺の魔術の恩恵、といえばいいですかね。相手の脳とリンクして会話をする種明かしですが、相手の魔力と自分の魔力を結んで糸のようなものを作ります。その糸を中継させて会話をするんですよ。まあ、魔力が薄い一般人とも会話は出来ますが、バリ三とまではいきませんね」
「バリ三?」
繰り返した単語に苦笑したキルツェハイドは、「ジェネレーションですかぁ」と寂しく呟いた。
結局バリ三という意味が分からないまま追跡は再開した。
ふくらはぎ辺りの痛みがどんどん自己主張をして、歩く度に小指が痛い。だがその痛みも、目の前のソレを見て忘れてしまった。
「聖羅……」
稲神聖羅だった。
「聖羅」
彼女は意識が無い。
「聖羅ッ‼」
十字架に縛り付けられている稲神聖羅の姿。根元部分には小さな櫓が組まれ、茶色の葉が詰められている。
まるで、これから火刑に処すのではないかという現状。
急いで聖羅の下に駆け寄り、キルツェハイドと共に縄を解いていく。
力なく倒れてくる身体をキルツェハイドがしっかりと受け止め、その場で寝かせた。
呼吸は浅いが生きてはいる。
安堵も束の間に怒りが沸々と湧き起る。震える拳はやりどころの無い激情を抑え込んでいた。
これが飢えた狼の所業なのか。未知数の実力を持つ狼を相手に聖羅が敗北した。このまま自分たちが訪れなければ聖羅は焼き殺されていた。もしかしたらその後に食べられていたかもしれない。アレッタの脳内での飢えた狼の像が上書きされていく。
飢えた狼は人類の敵だ。
だが、その怒りの矛先は穏やかな一声の下に矛先を変える。
「おや、お連れさんがいましたか。逆巻く炎に焼かれる聖少女を演出しようかと思ったのですが」
亜麻色の髪をした涼しい表情を浮かべる青年。
周囲の温度が3度は下がったように感じた。それはキルツェハイドも同じようで、喉仏が大きく上下した。
「まさか、この場で魔法使いとは……アレッタ様、コイツはヤバいですよ。かなり」
アレッタは魔法使いと対峙する。
聖羅を此処までにした相手に勝ち目なんてないかもしれない。だが、戦わなければ全員が命を落とす。誰かを守る為に力を欲する聖羅の気持ちが分かる。いま、ここにいる二人を守れるのは自分だけだからだ。
こんばんは、上月です
いつもより数分投稿時間が遅れました。
次回の投稿は1月19日の21時を予定しております!




