贈るは鈴蘭の花1-4
静かな夜に花は揺れる。
月光と星明りに照らされる今宵の舞台に咲く、四季折々の花たちは己の価値を知っている。
花の楽園を古洋館の居間から覗く、科学発展の時代に生きる若い魔術師達は、その様子を心奪われていた。
「昼とは違う花が咲いているみたい! ねっ、幹君も聖羅もそう思うでしょ!」
「喜んでいるように見えるよ。花とは会話できないけど、なんだろう……すごく活き活きとしてるのが分かる」
「環境と欠かせない世話が成した奇跡だろう。この二人には愛情がある。私達が同じことをやろうとしてもこうはいかん」
彼等の感想を聞いていたアレッタは胸を張りたい気分になった。自分と自分が尊敬する彼と育てた子供達が褒められている。子どもを褒められる親の気持ちとはこんなにも心地が良いのだろう。自然と頬が持ち上がる。隣に並ぶ柊も表情がとろけてしまっている。
花達の舞踏会は風が吹くままに。
演奏は虫たちの小さな合唱と、木の葉が揺れるしたたかな音。
近代化によって失われゆく人間性の根源がここにはある。
「アレッタちゃんはいいなぁ。こんな綺麗な場所で毎日を過ごせてるなんて羨ましい!」
「すぐ飽きるだろ。お前の場合は」
「えいっ!」
「――ぐべぁ‼」
何が起きたのか。
稲神聖羅の身体が折りたたまれた態勢のまま宙を水平に、勢いよく吹き飛んだ。聖羅の短い苦悶の声だけが尾を引いて壁との衝突音。
柊は何事かと狼狽えるが、アレッタも幹久もこのやり取りには慣れていた。
アレッタも初めて見た時は動揺し、狼狽えて聖羅の心配をしたが、これは昔からのスキンシップだという。慣れるまでに時間はかかったが、あの高速の一撃を見抜けるまでには時間が掛かりそうだった。
壁に叩きつけられた聖羅は力なく地面に崩れ落ちた。
優れた稲神の歴史でも群を抜いて天才的な魔術師である聖羅。そんな貴重な人材がこうしてくたびれた布団のように身を畳んで伏せる姿は見ていて可笑しかった。
「香織ちゃん。もう少し加減をしてあげないと」
幹久が香織を窘めるのもいつもの光景だ。
「だってぇ! 聖羅が酷い事を言うんだもん! 幹君もアレッタちゃんも聞いたよね? 柊さんも!」
そこまで酷くはなかった気もするが、香織的には酷かったのだろうと同意を求められた者達は曖昧に頷いて見せた。
「貴様等……私の心配を少しはしたらどうなんだ」
腹を抑えながらフラフラと立ち上がる聖羅は恨みがましい視線を全員に向けた。
「聖羅ちゃん。大丈夫?」
今さら言っても遅いかもしれないが、一応心配はしてみたものの、聖羅はすねたように口を尖らせてしまう。
だいぶ柔らかくなった聖羅に全員が苦笑すると、聖羅は頬を赤らめてバツが悪そうに綺麗な赤茶色の髪をガシガシと掻いた。
「さあ、そろそろ夜も遅い事だし、各自部屋でゆっくり休んだほうがいい」
柊が時計を見て言った。
「明日は良い事があるよ。きっとね」
何かを臭わせる発言は、アレッタを含めた若い魔術師たちは首を傾げる。
柊は何かサプライズをするのだろうか。何も聞かされていないアレッタにも詳細は分からず、ニコニコと微笑む柊は全員に部屋に戻るよう促した。
アレッタは机の引き出しにしまってある四つの鈴蘭結晶。アレッタには見えていた。花達の喜ぶ緑色の気を。大事にハンカチで埃が付いていないか入念に拭き、再び同じ場所に戻した。
二つは津ケ原幹久と久世香織の昇格祝い。
残り二つは自分と稲神聖羅の分だ。
明日のタイミングを見計らって渡す予定だ。
柊は喜んでくれると言ってはいたが、実際は不安で仕方がなかった。そして不安に思ってしまう、彼等を信じきれない自分がひどく卑しい奴に思えた。
「大丈夫。大丈夫」
薄明りを付けてベッドに潜り込む。
毎日が充実している事への不安が胸を締め付ける。
「失いたくないです。皆との関係や過ごす時間を」
稲神聖羅の言葉を思い出した。
弱ければ誰も守れない。
きっと聖羅はこの不安を常に背負って生きている。魔術師はランクが上がれば大金を得られる任務に就く事が出来る。だが額面に見合った危険が常に付きまとい、数多くの魔術師が命を落としている。魔術師は戦闘のプロではない。それでも裏社会の事情に精通する者達からの依頼を受けねばならない。生きる為の資金や組織運営の為に。
聖羅は自分の身を守りながら、身近にいる者達を守ろうとしている。いくら天才と言われ、殺傷に特化した魔術理論を有する聖羅であっても負担が大きすぎる。
だからこそアレッタも最近になって考え始めていた。
「私も戦って皆を守りたいです」
「ほぅ、それは殊勝な心掛けだなァ」
「――えぇっ!?」
いつから忍び込んだのか、扉に背を預けてアレッタをニヤニヤと眺める聖羅がいた。
「な、なにしているんですか!」
「いやなに。せっかくのお泊りパーティだ。お前ともう少しおしゃべりがしたいと思ってな。もう寝るなら部屋に戻るが?」
「あ、いえ。大丈夫です」
ベッドから出てソファーに座るよう促した。
「実はな、来週に」
アレッタは聖羅の言葉に眼を見張った。
こんばんは、上月です
次回の投稿は土曜か日曜になります。
投降が遅くなって申し訳ありません。




