贈るは鈴蘭の花1-1
鈴蘭の涙のような花が開き始めた頃。
植物の楽園こと、柊邸の一角に白い鈴の花が彩りに飾っていた。
「とても綺麗に咲いてくれましたね」
「そうだね。これも、アレッタが一生懸命に愛情を以って毎日世話をしてくれたお陰だよ」
「私は、柊先生に言われた通りにしていただけで」
「謙遜だね。まさに鈴蘭の花言葉通りだ」
二人は少しの距離を開けて鈴蘭を満足そうに眺めていた。いつまでもこうして眺めていたい。この外界と隔絶された花の楽園で、この花の楽園の主と共に。理想を想い咲かせるアレッタの様子に気付くことなく、柊は嬉しそうに頬を緩ませきっている。
シェルシェール・ラ・メゾンでの溜まった業務を終えた柊は、しばらくの休暇申請を勝手に自分で受理して帰ってきた。師である彼が帰宅するのであれば弟子であるアレッタもそれに続く。
稲神聖羅、津ケ原幹久、久世香織の三人と離れる寂しさはあったが、それも一時のもの。稲神聖羅のお陰で幹久や香織ともすぐに打ち解けられた。三人で魔術理論を初めとして、魔術式応用による生活水準向上について語り合ったり、外界との中継点である小さな町でお茶をしたりと、年相応の楽しみを満喫して充実した毎日を送っていた。
半年前に起きた女子高生失踪事件の解決を境に、聖羅は真理探究の合間を見つけては実戦を想定した魔術訓練に励んでいる。
弱ければ誰も守れない。
あの事件が一層に聖羅の向上心と異常なまでの研究欲に火をつけたようだ。
「近いうち、津ケ原君と久世さんがBランクに昇格するみたいだよ」
「それは友人として喜ばしいです。何かお祝いの品を差し上げたいのですが」
「何を贈ればいいか分からない?」
「はい」
柊は顎に指を当てて考えた。
「……鈴蘭。うん、鈴蘭の花なんてどうかな? この国では5月に愛する人に贈るみたいだし、まあ、たぶん、愛するの意味合いがちょっと異なるかもしれないけど、友人としての愛でもいいんじゃないかな?」
「喜んでくれるでしょうか」
「大丈夫だよ。きっと喜んでくれる」
正道の津ケ原、邪道の久世。両家の若き魔術師も類まれな才能を証明し、多くの者が人生の終着点とするBランクに昇格することとなった。周囲からはやはり名門魔術家系だ、と羨望や嫉妬、将来への安堵等の視線を浴びていた。
彼等も外国の地や風習にも慣れ、自分達の真理探究の道を着実に歩いている。
彼等が魔術師として開花するその時が楽しみだった。
津ケ原幹久、久世香織、稲神聖羅。辿り着く先は違えど、魂の芯に抱く探求欲は互いに尊重し合えるもの。そんな彼等ともこれから先、大人になっても、老人になっても、かけがえのない友人関係でいたいと願っていた。
鈴蘭の花が一番きれいに咲いた時に手渡そう。
「嬉しそうだね。頬が可愛らしく持ち上がってる」
「は、恥ずかしいです! そうだ。柊先生、私が書いている論文、魔術による人間の精神的成長について、ですが」
「稲神さんに追いつきたいのかな。うん、わかった。十四時からでいい?」
稲神聖羅は数々の論文で表彰され、その名は多くの人に知れ渡っている。別に有名人になりたいわけではない。ただ、自分の可能性を試すべく各方面に手を出して成功する聖羅に憧れを抱いていたのかもしれない。
自分も魔術師として論文の一つを書いてみようと思った。
自分が抱く魔術理論と魔術の関係性。
宗教。金。友人。環境やステータスが異なるだけで人は色々な価値観を持ち、立場や見方が変わる。宗教であれば神の救済。金であれば不自由ない生活。友人であれば繋がりを。信仰による成長。金品による成長。友情による成長。では、魔術は人をどのようにして、どのような成長を遂げさせるのか。
アレッタが書こうとしている魔術理論は、十三歳の魔術師が書ける内容ではなかった。柊は、意固地にも人の成長に強い拘りを持つ、希望を抱く可愛い教え子のサポートをしようと決めている。絶対に無理だとは言わない。やってみなければ分からないから。何事も挑戦させ、考えさせ、新たな可能性の枝を育てさせる。これが柊の流儀。
「僕は普段、論文なんて書かないから作法云々は正直不得手でね。そこは、慣れている稲神さんや、クランツ伯に聞くといいよ。僕が見てあげられるのは、理論の矛盾点や不明個所の指摘くらいだ」
「論文の書き方は参考書を読み漁ったお陰で、自分の中で形にはなっています」
「アレッタは本当に魔術師に向いている。一つの小さなことも無意味と切り捨てず、細部に至るまで時間を掛けて理解しようとする。僕は論文なんて眠れない夜に読むくらいだよ」
「もう、柊先生。魔術論文は可能性の宝庫なんですよ。寝物語に読むのは、探求に突き進む彼等に失礼です」
「ははは、怒られてしまった。さて、そろそろ組織に連絡を入れる時間だ。僕がちゃんと生存しているか、報告の義務なんだって。ヨゼフィーネ殿も心配症だよね」
柊は背筋を大きく伸ばし、後の事をアレッタに任せて屋敷に戻っていった。
最近の平木は以前に比べて忙しそうだ。主に組織とのやりとりで時間を割かれている。その中でも自分の為に時間を作っては魔術講義に加え、今日も我儘で論文を確認してもらうのだから、少々悪い気もした。
嫌な顔一つせず、二つ返事で了承する彼に甘えてしまっている自分がいるのも自覚はしていた。自分で出来る事は自分で挑み解決をしているが、どうしても初めての事などは彼に頼ってしまう。
「魔術師なら、自分で調べて、自分で考えて困難を乗り切らないと」
いつまでも可愛い教え子という立場ではない。
自分もAランクの魔術師。後輩の為に教える側の立場にいなければならない。
アレッタは大きく頷いて、論文の調整をするために屋敷へと向かう。
こんばんは、上月です
次回の投稿は10月6日の21時を予定しております!




