聖羅と探求する失踪事件の謎1-13
これは慢心した。
アレッタが組み敷かれ、意識を失った時、稲神聖羅は強い恐怖感に襲われた。
中途半端な力を持ったから自惚れてしまうのだ。こんな程度の実力では、この先も大切な友人達を守る事なんてできやしない。
激高に昂る感情に魔力が反応し、ある程度の抑制が効く暴走を起こした。
空間と距離感を無視した不可視の斬撃が部屋中に深い爪痕を付けていく。やり場のない怒りを発散させている子供の癇癪だ。アランとアニエは嘆息した。
「なんだ、その溜息は。私は弱いな。ああ、そうだ。今は確かに弱い。お前ら如きの三下風情に苦戦するくらいだもんなァ!」
アニエもアランも楽々と刃を躱す。
その間に体勢を立て直し、ナイフの柄をギュッと握りしめる。暴走による魔力の刃には芯が内ない。これでは世界の薄皮一枚どころか、馬鹿を殺傷する威力も無い。聖羅は再び集中するだけの余裕を自己暗示で取り戻し、詠唱を口早に魔術を展開した。
部屋中の空気が通る音が変わった。
不明確な殺意ではなく、明確な殺意によるナイフの一閃。
アレッタが招集させた植物は微塵に切り刻まれる。
「一振りで微塵切りなんて、凄いのね、稲神さんは。流石は天才かしら?」
「天才? 本当の天才だったら、もっと効率的に事を終えているだろうよ。生憎と私は天才じゃない。ただ才能豊かで頭が良いだけだ。本当の天才と意味を履き違えるなよ、それでも教えを説く聖職者か?」
聖羅の挑発に来るものがあったのだろう。
アランの眉がピクリと反応を示した。
「無能なお前に教えておく。世間が言う天才はなんだ? 名門校に通える学がある事か? 幼い子供が大人でも弾けない曲を弾く事か? ああ、世間での天才の定義で言えば間違っていないだろうな。だが、魔術師達の枠組みで扱われる天才というのはな、あらゆる困難を前にしても、即時に適応し、対応し、対策する生き残る才能を持つ奴に送られる称号だ。私は適応なんて出来ないが、対応と対策する力を持っていてね。それが私が真に天才と言われる所以だよ」
「長いご高説感謝しますわ。ですが、私達に対応できていないようですが? 対応できなければ次への対策もできていません。つまり、あなたは凡人、かしら?」
挑発には挑発で返す。
アランへの先程の挑発は、想像以上に、本人が自覚している以上に深い傷跡を残したようだ。聖羅はアランという狂人に対応しつつあった。だが、問題はアニエという本心が覗けない相手だ。
あっちへの対応には時間が掛かりそうだ。
「アニエ、挟撃で仕留めますよ」
「はい! わかりました、先生」
教職員と生徒のようなやり取りだ。
だがそれは愚策。
挟撃と分かった以上は左右からか前後から仕掛けてくる。アニエはとりあえずは放っておく。もう一つくらい勝利への布石を仕掛けておいてもいいかもしれないと判断した。
「おいおい、魔術師程度にいつまで時間を掛けている? しっかりと悪魔に指導もできなくて、人間を立派な大人に導けるのか? ああ、それは無理だったな。クク、狂人に聖職者は務まらん。狂人が教えられるのは救いも先も無い破綻の一本道だ、クク、あはは。愉快だよ、滑稽だよ! お前は生徒を殺したんだよなァ? 人殺しが立つに相応しいのは、教壇ではなく絞首台だよ」
「こんのッ! アニエ、行くわよ! この、ガキの首を斬り飛ばして、無駄口を叩け亡くしなさい!」
「血の噴水が見れますね!」
つくづく馬鹿な奴だ、と内心で嘲笑った。
背後からは首を狙った一撃。それだけを聞ければ十分だったが、まさか、来るタイミングまで言葉にする間抜けっぷりに思わず吹きかけた。
跳躍して背後の壁に着地したアニエの靴音。
壁を蹴る僅かな音も聞き逃さず、感覚で背後の距離感を測っていたので、アニエのこれまでの跳躍速度を瞬時に計算し、自分の首を飛ばすまでにかかる時間を叩きだした。
正面からもアニエほどではないが、結構な勢いで不可視の刃を避けつつ迫るアラン。こっちはもう考える必要もない。
背後の靴音を聞いて二秒に満たないギリギリのタイミングでしゃがみ込んだ。
「……え」
アニエは驚きに目を見張り、振るう腕に若干の躊躇いを生むが、時間差で振るいきった。
稲神聖羅はしゃがむと同時に一歩足を大きく踏み出し、アランのスーツを掴んで力いっぱい引き寄せていた。
頭上で空を切る音。
苦悶の声。
地面に飛び散る多量の血液。
「どう……して」
アランはそのまま聖羅目掛けて倒れ込むが、それも既に計算された物語に含まれていたので、サッと横に転がって回避する。
立ち上がって脇に転がるアランを見る。
「チッ、流石に全ては上手くはいかないか。だが、上々といったところだな。腕一本落とした程度か」
アランはあまりの衝撃に外部の音が聞こえていない。ただ、痛み。ただ、恐怖。それらに染まった思考ではこれからすべきことも考え出せない。ただ、肩の傷口を抑えて悶え苦しむだけ。
「あとは、お前だな。アニエ」
「先生? ああ、なんてことだ! 私は先生の腕を!」
「こっちは壊れたか? 、ああ、その方がやりやすい」
聖羅は魔術媒体であるナイフをゆらゆらと持ち上げた。
楽にしてやる。
アレッタとの約束事が今でも生きていた。自分の甘さにむず痒さもあり、人間味が残っている事に安堵もしていた。
「先生! 先生! 先生! ああ、私の先生!」
「耳障りだよ。お前の……?」
「ああ、あはははははは。このまま死ね! あはははははは。先生が死んじゃうよぉ! クカカカ! しーね、しーね。このまましーね」
手を叩き、狂ったように嘆きながら笑う。
ケタケタと笑うその様は聖羅でもぞっとした。
「お前も、しーね」
その一言。
聖羅の腕に激痛が走った。
瞬きをしただけで狂った悪魔は姿を消していた。
ナイフを持つ腕は上腕の半ばから変な方向に曲がっている。ナイフが床に突き刺さる。これは不味いと再度の慢心に苛立つ。
「あはははは、おもしろーい。あははははは」
部屋中から聞こえるアニエの声。天井や壁を走り回る靴音は心霊現象のようだ。アニエは今、目に映らない速度で駆け回っている。
「クソッ! こんなに速くては、魔術で対処できん」
それ以前にナイフが手元の似ない時点で魔術は使えない。唯一の救いはまだ魔術を展開していることくらいだ。
「首も曲がる? 足も曲げちゃう? 可哀相な胸にアランのもぎ取った胸を付けてみる? あはははは、似合わなーい。おもしろーい」
普段の聖羅だったら遠慮なしにブチギレているワード。それも今は反応している余裕はなく、耳障りな声と靴音が打開の思考を妨げる。
「おもしろいの決めた。お前のお腹の中、全て取り出して、落とした首を入れてかくれんぼだ! もーいーかい。まーだだよー。もーいーよ。みーつけた! って遊ぼうよ! ねぇ、だから、死ねよ! 死んでよ! 私を気持ちよくさせるくらいの真っ赤な血を見せてよぉぉぉおおお!」
殺意の波を感じた。
だが、何処から来るのかも分からない。
これは駄目だ、と諦めた時。
「そんなの、面白くありません!」
アレッタの声が聖羅の耳に届く。
こんばんは、上月です
次回の投稿は24日の21時か22時を予定しております。




