聖羅と探求する失踪事件の謎1-11
植物が校長室の窓を突き破り、硬化した蔦がアランを拘束しようと室内をのたうち回る。
アランは蔦を難なくと躱し続け、それは人の運動能力の常識から外れていた。
「どうしてっ!」
十本で足りないなら二十本。二十本で足りないなら三十四十とかずを増やして迫るが、一向に彼女を捉える事が出来ない。足首を軸に回転し跳躍し蹴り上げる。アランが取る行動の全てが無駄を徹底的に省いた身のこなし。
聖羅が不可視の斬撃を、アニエの隙を突いて援護として放つが、視認できているように身を反らして回避した。壁に立てかけてあった絵画が両断され下半分が地面に落下する。額縁のガラスカバーが割れて心臓に悪い音を立てた。
校長室は外部からは死角となるので、一般人にこの惨状を見られることはない。ただ学校関係者は例外だ。だからアレッタは植物達に命じた。花の蜜を合成に合成して調合して見せた香りを振り撒いた。この世に存在しない強力な睡眠香。アレッタは鼻の特性に自分の魔力を掛け合わせることで新種の毒や香りを生み出す事ができた。
効果範囲は高校の敷地内。
敷地外周辺には人を無関心にさせる香を撒いている。これでこの学校は隔絶された空間となった。
アレッタも聖羅も思う存分に戦える。
だが、この二人をこの部屋から出してはいけない。出したが最後、学生寮や工程には数多くの無抵抗状態の人質がいる。
アランたちもそのことを承知しているだろう。
承知しているからこその余裕。それとは別にアランが持つ人並外れた運動能力。聖羅が放つ不可視の一撃さえも読み切る直感力といえばいいか、ありとあらゆる攻撃に対処して回避行動に成功している。まるで未来が見えているかのようだった。
「アレッタ、植物を増やし過ぎるな。私の魔術を妨害しているぞ!」
部屋中に張り巡らされる植物達がアニエの姿を隠してしまっていた。直ぐに植物は切断されるが、次なる死角へと逃げ込むため、アレッタの魔術は聖羅の足を引っ張ってしまっている。
できるだけ太い枝を下げて、それらは窓に格子としての役目を与えた。直ぐに視界は開け、植物を隠れ蓑にしていたアニエは姿を現す。
「ちょこまかと逃げるだけでなく、かくれんぼまで付き合ってはやれんよ。ほら、いい加減に楽になれ」
「嫌だね。だって、それ痛かったもん。泣きたいくらいに」
「なら突っ立ってろ。瞬殺してやれる」
「それは遠慮願いたいね。私はもっとこの現世を満喫したい。もっと欲望の赴くままに生きたい。若い女の肉に宿って快楽を貪りたい」
「強欲に色欲が活動原理か。クク、悪魔らしい回答だ」
「人間も似たようなものでしょ?」
「まあ、確かにな」
人も悪魔も姿や生れが異なるだけで本能は似た構造をしている。
彼等は生きている。自分たちが生きているように。
彼等は人を食べる。自分たちが鳥や豚を食べるように。
そう考えてしまう。
使役する植物達は主人の躊躇いに動きを鈍らせた。
その瞬間をアランは逃さず、大きく間合いを詰める。見た目相応の華奢な力では、大人の腕力に抗えるはずもなく、簡単に組み敷かれてしまった。
集中力が途切れた事で魔術も消失する。
室内には草木が邪魔な足場となって倒れ伏す。
「アレッタ!!」
聖羅は注意をアニエからアレッタに映してしまった。彼女らしからぬ油断をアニエは逃さない。狡猾に歪んだ大きく開けた笑みを浮かべて聖羅の腹部に蹴りを見舞う。
回避行動なんて間に合うはずもなく、内臓を抉られる衝撃に意識が途絶え掛ける。それだけは避けねば、とナイフを自身の太ももに這わせて鋭く引く。
痛みが意識を覚醒させる。ダメージ寮から自力で立っている事が出来なくなり、片膝を突い脂汗と唾液を床に垂らす。まともに呼吸はできない。慎重にゆっくりと息を吸って、身体に力を入れてゆっくり吐き出す作業。
聖羅は力なく笑った。
「馬鹿……者が。こういう場合……直ぐに止めを、刺せ」
「慢心して勝てる相手だし、ね。そう急ぐ事も無いと思ったんだけど、殺した方が良かったかな?」
「クク、そうしておけ。後で痛い目を見る」
「ふぅん、面白いからもう少し生かすよ。苦しんでる姿を見るのも愉快で気持ちいいし」
見下ろすアニエは人間の時の無邪気な笑みを向けた。
組み敷かれるアレッタも、アランの肘で気道を塞がれて意識がもうろうとしていた。圧倒的な不利な状況を見計らって、助けに来るヒーローはいない。それが現実だ。ご都合主義なんて言葉は創作の中でしか起こりえない。
苦しくて。辛くて。悔しくて。それでもせめて、これ以上の被害が出したくはないアレッタは涙を流す。聖羅だけでも守らなければ。先輩として後輩を守りたいのだ。いつも小ばかにした口調と笑みでつっかかってくる少々うざったい後輩ではあるが、彼女の真っ直ぐな信念は本物だと知ったから。
今も苦悶の表情で肩を上下させて呼吸する聖羅と目が合う。
諦めていない赤茶色の瞳は、逆転の瞬間を待って逃すな、と訴えているようだった。
「投降……ださい」
「なぁに? よく聞こえなかったわ」
「過ちを、認め……こんなこと、止めて、さい」
「無理よ。駄目なの。もう止められないわ。あの人が私に生きがいをくれた。私は彼が与えてくれた生きがいに身を委ねていたいの」
鈍る思考の中に一つの発見を書き留める。
アランの背後にいる存在は男。だが、もうそこから進展を広げる事は出来そうになかった。もう、意識を保っているのが限界で、首の骨が軋み上がっている。もう少し体重を乗せられれば骨折して死ぬ。
口からみっともなくこぼれる唾液をアランは、ちょろっと出した赤い舌で舐め取った。
「美味しい! 少女の死に際に垂らす唾液は。もっと舐めさせてくれないかしらぁ? 甘美なのよ、お菓子みたいに」
狂っている。すでに正気を逸脱した眼をしている。これが最期に見る光景なのかとやるせない気持ちにさせられた。
絶望の死がアレッタの四肢から這い寄ってくる。次第に感覚がなくなっていくそれは死神の息吹を吹きかけられたよう。
「アレッタァ! そこを、動くな!」
暗転する間際に聞こえた聖羅の怒声の意味を理解できなかった。
こんばんは、上月です
次回の投稿は18日の21時か22時を予定しております!




