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聖羅と探求する失踪事件の謎1-6

 これは初めての経験だ。


 心臓の鼓動は早く打ち、口の中は乾いていく。互いの身体が近すぎない距離を保つのがやっとだ。稲神聖羅が寝返りを打つと整った綺麗な顔立ちが迫る。吐息がアレッタの首筋を撫で、ゾワリと鳥肌が立つ。


「うぅ、眠れません」


 この部屋はアレッタに貸された部屋だった。


 もちろん聖羅にも個人部屋を貸し出されていた。


 寮に戻って情報交換や今後の動きを話し終わり、アレッタが自室に戻って休息をしていた時だった。扉を激しく叩く音に身体を跳ねあがらせながら恐る恐る扉を開けた。引き伸ばされたチェーン越しに聖羅が苛立った顔立ちで施錠を解けと押し掛けたのだ。


 理由を聞けば呆れてしまう。


 備え付けのシャワーが壊れていて、頭から水を被ったと怒りの形相で訴えてきたのだ。聖羅は半乾きの髪を顔に張り付かせながら、ズカズカとアレッタの脇を通って、部屋の中、シャワー室に直接向かった。


 温まれば帰ってくれるだろうと思ったのが間違いだった。


 シャワーを浴びて温まった聖羅は、そのままアレッタのベッドに伏せてしまったのだ。


「はぁ……」


 溜息を吐こうとも、もぞもぞと布団の中で距離を保つために動いても、一向に聖羅は目を覚まさない。前日が寝不足であっても、送迎の車内ではぐっすりと眠っていたはずだ。睡眠時間はしっかりと取れているにも関わらず爆睡している。


 自分が聖羅の部屋で寝ようと思ったが、部屋は施錠されていて、その鍵は聖羅のポケットに入っている。手を伸ばそうにも伸ばせない。致し方なくこうして距離を取りつつ同じベッドで横になっている。


 カチカチと壁掛け時計の針だけが刻まれていく。


 眠気なんてない。これから無理に寝ようとしても眠れないだろう。それくらいに警戒心が高まっていた。


「おい、聞こえたか?」

「……へ?」


 ぼんやりと天井を眺めていたアレッタに、眠っていたはずの聖羅が身を起こして話しかけてきた。もちろん寝言なんかじゃなく、彼女の赤茶色の瞳がしっかりとアレッタを捉えて、真面目な口調と表情で聞いた。


「なにを、ですか?」

「聞こえなかったのか。お前はただボーっとしているだけか?」


 ベッドから飛び出た聖羅は寝間着のまま、ズボンに差したナイフだけを引き抜く。扉に耳を這わせて、安全確認を行って扉を開けて出た。


 アレッタも寝間着に上着だけを羽織って部屋を出る。


 廊下は転々と明りが付いていた。人気のない静寂が不気味に漂っている。その廊下の先を聖羅はジッと睨むように眼を細めて凝視している。まるで、何かを見極めようとしているよう。


「稲神さん?」

「人の声だった」

「……え?」

「助けて、私は消えたくないって」


 アレッタにはまったく聞こえなかった。


 爆睡していた状態で、起きていた人でも聞こえなかった声を本当に聞いたのだろうか。夢の中の話という可能性も捨てきれない。だが、聖羅の眼は真剣そのもの。アレッタは彼女のその瞳の強さを信じることにした。


「行き、ますか?」

「ああ、私の背後にいろ」

「いえ、私が先導しますので、声のした方を」

「駄目だ。魔術は時間が掛かる。最悪の場合は、コレでなんとかなる」


 魔術媒体であるナイフを見せる。


 物理的にも殺傷力のある得物だ。蠱惑的な銀の輝きが刃を滑り、アレッタを魅せる。


「分かったな。よし、行くぞ」


 聖羅が先導してアレッタが続く。


「他の学生たちは聞こえなかったのでしょうか?」

「さあな。私にはしっかりと聞こえた。若い女の声がな。これが今回の件でないはずがない」


 通路の突き当りを道なりに曲がる。学生に割り振られた部屋が左右に続く代わり映えしない景色。やはりそこにも不気味な雰囲気が漂っている。アレッタにはそう感じた。肌をゾワゾワとさせる不快感。これを聖羅も感じているのだろうか。彼女の優雅に揺れる赤茶色の髪の動きを自然と追ってしまう。


「あれ? アレッタちゃんじゃん!」

「チャンジャ?」


 背後から元気な声。


 二人が振り返るとマッシュルームみたいに膨らんだ髪型のアニエ・コリンズ。寝間姿の彼女は手を大きく振りながら二人へ走ってくる。


「アニエさ――」


 影が遮る。


 聖羅がアレッタとアニエの間に割って入った。


「ほぅ、貴様がアニエ・コリンズか。日中探し回ったぞ」

「えっ! なになに、私を探してくれたの? もしかして、例の失踪事件の件?」

「そこまで事情が分かっているなら」


 背後に隠したナイフを突きつけようとしたところをアレッタが手首を掴んで止めた。


「おい!」

「アニエさんに何をしようとしているんですか! 彼女は私の協力者です」

「お前、一般人に……ああ、くそ。コイツは被疑者だ」

「えぇ!? ど、どどどうして、私が疑われているんですかぁ!」

「あるツテからの情報提供だ。ソイツも怪しいから情報の信ぴょう性は評価していないがな。一つ聞く、こんな時間に何をしている?」

「悲鳴が聞こえたんです。助けて、消えたくないって」


 聖羅はアレッタを一瞥した。


「なるほど。貴様は今まで部屋に?」

「部屋でルームメイトの寝顔を撮影して遊んでましたよ」

「クク、良い趣味だな」


 手には小型のビデオカメラが握られている。これで、悲鳴の正体を突き詰めようと言うのだろう。


「わかった。お前の疑いが晴れたわけではないが、コイツの協力者なら致し方ない」


 アレッタが掴む聖羅の腕の力が緩んだ。


 これで一安心か分からないが手を放す。そこでようやく自分が他人に触れていたことを思い出し、大きく二歩後退する。


 アニエはニコニコと聖羅の背後に立つアレッタに手を振った。


「ちなみになんですけど、そのツテって誰、ですか?」

「聞いてどうする?」

「私はその人に、どういう風に思われてるか分かります」

「クク、自分で考えろ。丸眼鏡をかけた非生産的趣向な地味レズ女の情報だとしてもだ、一応の個人情報は伏せておかなければならないからなぁ」

「タリア・ヒュートンさんですね!」

「稲神さん、どうしてそうやって個人情報を簡単に……」

「私を責めてくれるなよ。私は名前を出してはいない。私はただ、丸眼鏡を掛けたレズ女だって言っただけだ。誰にでも当てはまるだろう? クク、こいつはタリアという女に行き着いたらしいが。私に非はないよ」


 それを個人情報の漏洩というのではないか。そう抗議しようとしたところで、その話題はアニエと聖羅の会話に挟み込む余地はなかった。顔も知らないタリアさんに謝罪をしておく。別に自分が悪いわけではないが。


「貴様……アニエと言ったな。何処から聞こえた?」

「上の階、から聞こえた気がしますね。稲神さんは?」

「同じく。で、上は確か」

「はい、学生用の憩い空間、ガーデンと呼ばれる場所です」


 観葉植物などを置いた一面ガラス張りの最上階。


 多くの学生が利用するガーデンには小さな喫茶店があり、テーブル席や人工芝の上で休息が取れる憩いの場だ。


 最上階へと階段を警戒しつつ扉を開ける。


 真っ暗な、月明かりだけで心許ない視界。アニエは手に持っていた小型カメラを暗視モードに切り替えて周囲を探っている。


 観葉植物や頭上に伸びる遊歩道のせいで、全体を見渡せない。


「小さな植物園、みたいですね」

「でしょ! あそこら辺は夏になるとヒマワリが大量に咲くんです。ガラス張りだから太陽パワーを一身に受けるもんですから、凄く立派に育ってくれますよ」


 ヒマワリなら柊の花の楽園でも世話をしたことがある。雄々しく太陽に顔を向ける大きな黄色い花。夏の代表的な花だ。花言葉は、私の目はあなただけを見つめる、いつわりの富、等々。


「ああ!!」


 アニエが急に大声を出した。


「煩いぞ、貴様は状況を分かっているのか?」

「え、だって……あれ、人ですよ!」

「なんだと!」


 アニエの指さす方。


 アレッタと聖羅はその先へと視線を持っていく。


 大きな木に吊るされた少女。最初は周囲の植物で確認しづらかったが、目を凝らせばそれが人だと分かる。


 だが――。


 一同は眼を瞬かせた。


「馬鹿なっ!」


 吊るされて小さく揺れていた人影が消えた。


 まるで人体消失マジックのよう。聖羅とアレッタが特に驚いたのは、消失時に何の力の波も感じなかったからだ。遺体が落ちたとかそういう消え方ではない。アレは正しく消えた。音も無く、仕掛けも無い、本物の消失だ。


 人の成せる業ではない。


 魔術も神秘も魔法も筋力も否定した超常現象。


 アレッタはすぐさま植物を媒体に魔力を流し込んだ。

こんばんは、上月です



体調不良でしばらく休んでいましたが、今日から復帰します!

次回の投稿は9月2日の21時か22時を予定しております

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