聖羅と探求する失踪事件の謎1-5
所狭しとボイラーや複雑に伸びるパイプの通路は、小柄なアレッタであって狭く感じるほどだった。
稼働していないので熱は放出はしていない。冷めたいボイラーを指先でなぞってみると、埃一つない。こまめに掃除がなされているのだろう。
「となると、隠れるには少々不向き……でしょうか」
隠れている時に清掃係と鉢合わせする可能性だってある。警備の人間だって巡回に来るはずだ。隠れていても長居は出来ない。
百メートルのプールのちょうど真下にボイラー室があり、その広さは上階のプールと同等で、一周するのに少々時間が掛かった。
朱色の不気味な蛍光灯を見て、幼い頃の自分だったら足が竦んで前に進めなかったな、と昔の幽霊に怯える自分を思い出して苦笑した。
自分の足で歩いている。
魔術師の道を歩み始めて、四年が経過した。
初めは過保護な柊が付きっきりで任務に同行してくれていたが、Bランクへと昇格して彼にお願いしたのだ。これからは自分一人で任務に当たらせて欲しいと。Bランクはもう一人前だ。いつまでも彼に甘えては自分の真理探究に影響が及びかねない。もちろん自分に時間を割く彼の探求にも。
右も左も分からなかった自分が、今や後輩を連れて任務に従事しているのだから、これは成長であると自分で認められる成果だ。
「稲神さんも、せめて一般の人には態度や口調を改めてくれれば、私の苦労も減るのですけど……無理でしょうね。先程は感情に流されてあんなに怒ってしまいましたが、どうしてここまで気になってしまうのでしょう。悪いのは稲神さんなのに」
校長室の外での口喧嘩。
日があるのは聖羅だが、どうしてか罪悪感が芽生えてしまって、集中力を欠いてしまう。
来た道を戻りながら階段を上がる。
扉に手を掛けてノブを回して押すが――。
「……あれ?」
何度ノブを回して押しても扉が開かない。
内鍵を探すも両側から鍵でしか施錠も解錠も出来ない特殊な作りとなっていた。誰かがカギを閉めてしまったのか。仕方ないので監視室から借りた鍵で解錠するが、やはり扉は開かなかった。
鍵は確かに開いているものの、向こう側で何かが突っかかっていて開かないのだ。
やられた、と思った。
地下に降りる前に感じた視線を思い出して自分の判断の甘さを呪う。
出入口はこの場しかない。
このまま誰かがここに来てくれるのを待つしかない。もしかすると聖羅が回ってくるかもしれないと希望を抱くが、その可能性も時間を刻むたびに薄れていく。
魔術式や魔術で扉を破壊してしまうのは簡単だ。
だが、そんなことをしてしまっては表社会の人間に、自分たちの存在を公にしてしまう。そんな事は断じて許されない。自分たちは表の裏。魔法使いや歪み、飢えた狼の存在を自分たちごと隠さなければならない。
「柊先生……」
知らず知らずに彼の名前を呟いてしまう。
これは甘えだ。自分はもう一人前の魔術師なのだ。魔術師は答えを導く為に思考する。幾重もの可能性の枝を伸ばして最善の手段を講じるのだ。
アレッタは呼吸を整えて思考に己の意識を埋没させていく。一面の草原に種を植えて、ゆっくりと芽吹く感覚。
誰が何の目的を以ってこんなことをしたのか。
見ず知らずの他人にこんな悪戯をする程、ここの学生は性格が悪いのだろうか。考えづらい可能性だった。ここは女学生だ。少女の腕力で、扉をびくともさせない何かを移動させられるだろうか。
僅かでも扉に隙間が出来ればまだ脱出の手段はあるが、扉はぴっちりと閉まっている。
複数犯の可能性も考えられるが、やはりその可能性の枝は上手く育たない。
余計な枝は摘み取る。
「考えられる有力な可能性……この事件の犯人による犯行」
それが一番しっくりくる。
人間の肉体だけを消し去ってしまうのだから表社会を歩む者ではないはずだ。自分達と同じ裏を歩む者。魔術か、奇跡か、魔法か、腕力か。裏に確立した組織の特色を思い描く。
消去法で残った二つの勢力。
飢えた狼の超人的な運動能力と純粋な腕力。魔術師の思想に魔力を混ぜて展開させる魔術。
魔術師であった場合はまだ対処が出来る。
魔術師は学者であって戦闘兵ではない。肉体的には脆弱な人間と変わりないのだから一撃を加えればそれで十分だ。
もし、これが仮に飢えた狼であった場合、魔法使いに次いで謎の多い存在にどう立ち回ればいいのか分からない。何が有効打となるのか模索しながら戦わなければならないハンデを負うこととなる。向こうは殺戮に長けた運動神経と腕力を持ち、最大の武器である大鎌を軽々と振り回す。魔術師の多くが志半ばに殺されている。彼等は戦場と血の匂いに誘われる殺人狂だ。判断基準も行動指針となる根幹も未だに解明されていない獣。
「稲神さんは、大丈夫でしょうか……」
「ああ、私なら問題は無い。クク、お前のようなヘマはしないなァ」
「――稲神さん!? そ、そこにいるのですか?」
「ああ、今来たばかりだが、お前は何をやっている? クク、さっそく苛めを受けているのか? 女子高というものは、陰湿ないじめの温床だということが証明されたな」
「冗談を言っている場合ではありませんっ!」
「お前のその状況こそが冗談だろうが」
「うぐぐ……稲神さん、扉の前にあるものを退けて頂けませんか」
返答はない。
代わりに喉を鳴らす、人を馬鹿にした笑いが聞こえる。
「ああ、お前がこのままだと私の仕事が増える。ちょっと待っていろ」
「魔術を、使うのですか?」
「こんなモノに貴重な魔力を使ってやるほどのものでもないだろう? ああ、お前にはこれが何か分からないんだったな。面白いぞ」
重量のあるものが床を移動する音が聞こえる。
扉が開き、夕焼けのまぶしさに瞼を開けていられない。
「クク、感謝してくれよ。先輩」
「ありがとうございます。助かりました。これで十分ですか?」
「素直じゃないねぇ。まあ、見方によっては可愛いのかもしれんがな」
ムスッとするアレッタの顔色にも聖羅は歪に笑って済ませる。
こんな自分の態度にもどうして笑っていられるのか、アレッタには理解できなかった。今自分が取っている態度をされたら、普通は苛立つはずだ。
聖羅はボイラー室への扉を塞いでいた正体を指差す。
ナイフを握っているにしてはしなやかで細い指先を辿り、アレッタもそれに顔を向ける。
「――ぶふっ!」
「クク、どうだ。これは流石にギャグが効いているとは思わんか?」
「こ、これって……」
笑いを無理やり堪える。
無理に堪えようとすると余計に可笑しくなってくる。頬がリスのように膨らみ、口角はピクピクと痙攣する。
聖羅はニヤリと笑い、膨らんだアレッタの頬を両の人差し指で押し込んだ。ぷにっとした感触と共に吹き出す。
「笑え笑え。面白い物を我慢するのは毒だ。まさか、これを外国で見るとは思わなかったぞ。お前はこれを知っているか?」
「これって……ふふ。招き猫、ですよね?」
「ご名答。流石は日本贔屓のアレッタ先輩だ。そう。福よ来い、客よ来いってな。これを仕掛けた奴は、なかなかにユーモアがある。私が招かれなかったら、お前はいつ出られたんだろうなァ」
巨大な招き猫の像。
アレッタは細腕でソレを力いっぱい雄がビクともしない。聖羅はどうやってこれを簡単に退けたのだろう。そんな疑問が浮かぶが、聖羅は自分で考えろ、とでも言いたげな顔をしている。
二人は互いの調査結果を共有すべく、一度あてがわれた寮へと向かった。
こんばんは、上月です
体調回復してきたので、31日の21時を予定しています。




