各々が歩む道の逸材たち1-4
あれは面白い才能の塊だ。
聖羅は自室に持ち込んだ神秘や悪魔、魔術史といった類のぶ厚い金具付き本を読み漁りながらそんなことを考えていた。
もちろん、あれとはアレッタの事だ。
からかってみれば顔を真っ赤にして怒りをぶつけてくる。対人恐怖を抱く彼女の魔力は純白という透明と並ぶ伝説上の魔力色をしている。初めて見た時は凄まじく関心を惹かれ、その神秘の一片までも知り尽くしたいと思った程だ。
ページを捲る。
魔力の色も質も自分より優れているアレッタが自分に嫉妬をしてくれているというのだから、それはそれは光栄なことだと素直に喜びがあふれる。
「面倒だが、あいつの将来も守ってやるか」
稲神聖羅は最強という、天才が焦がれるには陳腐な言葉で、存在を常に求めるには幼い憧れ。
魔術師には多くの敵が存在し、どの勢力の中でも一番死に易いのだ。神の加護を纏う執行会。人の常識が通用しない身体能力と存在意義を持つ飢えた狼。そして、その多くが謎に包まれている、世界に歪みを生み出す魔法使い。
魔術師はあくまでも世界を識るための学者だ。他の殺し殺される事を念頭に置く者達とは違う。
そんな死にやすい世界に身を置く、幼い頃からの友人であり、戦闘に不向きな魔術理論を有する津ケ原幹久と久世香織を聖羅は守りたかった。
殺すことに長けた魔術理論を有する自分だからこそできる役割だ。
魔術世界では宝石的価値があり、面白い小動物のようなアレッタ・フォルトバインも稲神聖羅は気に入っていた。友人としてはまだまだ距離間はあるものの、それでも将来は魔術師たちの希望となりうる彼女を守りたいと思い始めていた。
「ああ、もうこんな時間か。明日は八時に迎えに行かなくてはならんからな。そろそろ準備をして寝るとしよう」
本を机に置き、代わりに自分の相棒でもある魔術媒体を手に握る。
曇りなく磨かれた十五センチの刃渡り。樫の木を削って研磨して漆で仕上げた柄の感触を確かめる。
自作ナイフこそ稲神聖羅の魔術理論と相性の良い媒体だった。
妖艶な輝きを発する純銀色の直刃に映る自身の容姿。
赤茶色の髪と瞳は代々、稲神の者が持って生まれる原因不明の遺伝。生まれる子供も女の子しかこれまで生まれたことが無い。まるで呪いか、神の悪戯にしか考えられなかった。
これも世界が孕んだ真理の一端だというのなら、それは聖羅にとって解明の対象だ。
真理を覆う世界の薄皮一枚一枚を剥いで遍くすべてを識る。稲神聖羅が世界と向き合う為に抱いた魔術理論だ。
どれだけぶ厚い皮だろうと、長い年月が過ぎようとも、地道に己の知識を広げながら至る。
聖羅はナイフを革製の鞘にしまう。長時間座っていたことで肩腰が固まってしまったので大きく伸びをして立ち上がり、書物と実験器具で散らかった自室を見渡して苦笑した。
「こんなんじゃ、結婚なんてできやしないな。まあ、ガラでもないか。こんな粗雑な女を嫁に取りたいなんて奇特な奴はそうそういない。私自身もそういった普通に身を置いて退屈してやるつもりもないわけだが」
それにしたって散らかりすぎている。
これは一度、任務が終わったら不要な書物は大図書館に返却し、大掃除をして気分をも一新しようと考えた。
「幹久と香織にも手伝わせるか」
そんな時だった。
「誰だ?」
扉を小さくノックされ、もう日付が変わっている夜分に訪れる常識知らずの顔を見てやろうと扉を開けた。
「夜分遅くにごめんね。部屋の電気が付いていたものだから、まだ起きているかもと思ったんだ」
「こんな時間に統括者であるお前が私に何の用だ?」
「アレッタについて、ね」
柊は申し訳なさそうに笑いながら「部屋に入ってもいいかな?」と視線を部屋に向けた。人を招き入れるに不適な部屋で落ち着いて会話なんてできるとは思えなかったので、中庭にあるベンチを提案し、柊もそれを承諾した。
廊下には魔力を媒体に稼働する機器が等間隔に壁に取り付けられていて、小さな炎が灯っている。その機器もランタン型なので古城の雰囲気を壊してはいない。
二人は寝静まる廊下を歩き、階段を降りて中庭に出る。
月と満天の星を敷き詰めた夜空の下に並んでベンチに腰を下ろした。
「こんな所を誰かに見られたら勘違いされるんじゃあないかぁ? クク、アレッタが見たら嫉妬するぞ、確実にな。それで、アレッタについてと言っていたが?」
「ああ、うん。彼女はどうかな。最近は僕の方も忙しくてなかなかゆっくりと話す時間が無くてね。皆と上手くやれているのかなぁって」
「わざわざ私に聞かないで、今から本人に直接会って聞けばいいだろうに」
「アレッタは良い子だからもう寝ているよ。それに、本人の言葉ではなく、周囲にいる人から見た意見を聞きたいんだ。聞いているよ。よくアレッタと喧嘩をしているんだって?」
「感情を爆発しているのはアイツだけだ。私は面白いからからかっているだけだ。それと、まるで私が悪い子みたいに聞こえたんだが?」
「そういうつもりはないよ。まあ、うん、ありがとう」
「…………」
「アレッタも、普通の女の子みたいになってきたって、クラウス殿やヨゼフィーネ殿から聞いてね。きっと、それはキミのお陰なんじゃないかなと推測してみたり」
柊は嬉しそうな表情を月明かりに照らした。
「勘繰るなよ。私はただ、私が楽しみたいから弄っているだけだ。アレは堅物すぎる。この先もこのままだと、いつかは折れるぞ。現実に圧し潰される」
「だからこそ、僕はキミにこれからも先、アレッタの友人として接して欲しいんだ」
「向こうは私を否定したぞ」
「あはは、それは照れ隠しだよ……多分」
「クク、多分とは随分と自信がない発言だなァ、おい」
二人は吹き出したように笑う。
「キミは誰に対しても不遜な態度なのかな」
「差別なくていいだろう? 私は私を偽る事だけはしたくはないのでね」
「真っ直ぐだな。見定める先を信じて疑わない。こういう子は惑わされることはないだろうね」
「もういいだろ。私は朝が早いんだ。お前のせいで睡眠時間が三時間を切ったぞ」
「ああ、それは済まなかったね。ありがとう。今度、何か礼をしなくてはね」
「いらんいらん。余計な事に気を回してくれるな。お前はアレッタの成長と自分の世界真理探究だけを考えていろ」
聖羅はまだベンチに腰を下ろしている柊を見下ろして、そのまま自室へと足を向ける。
背後からむず痒い、保護者然とした視線を受け「お前が付いていてやればいいだろ」と呟き置いてやった。
こんばんは、上月です
次回の投稿は8月2日の22時を予定しております!




