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各々が歩む道の逸材たち1-3

「よぉ、先輩。相変わらず他人が怖いか?」

「べっ、別に怖くはありません! 少しだけ近寄り難いだけです」

「クク、それを怖がっていると言うんだよ。所詮、他人なんて己の物語の中での優先順位は下位だろ。何を恐れる必要がある?」

「貴女とは口を利きたくないです」


 顔を合わせる度に不愉快な気持ちにさせられる。


 ニヤニヤと人を見下し歪めた表情に独特な口調とテンポ。何気ない発言の一言一言であっても苛立ちを掻き立てられる。こうした感情を抱かせる他人はアレッタにとって初めてだった。だから、どうやって対処したらいいのかも分からず、こうして突き放す言葉で距離感を開けようとするしかできない。


 聖羅はDランクから一か月もしないうちにBランクまで昇格し、魔術師としての素質は認めたくはないが自分より上だと証明されてしまった。


「お前にもう直ぐ追いつくんじゃないかぁ?」

「そうですか。それは貴女が日々を努力した結果です」


 だが、Bランクから先は甘くはない。


 自分でさえBからAに昇格するまでに時間が掛かった。いくら天才といえど、数カ月程度でこの絶対的な線引きを超える事はできないはずだ。多くの才能ある魔術師もAランクに届くことなく一生を終えるのだから。


「もう用が済んだのでしたら、失礼させていただきます」

「まあ、待て。本来の要件はコイツだ」


 聖羅はズボンのポケットから一枚の依頼書を取り出し、他人と一定の距離感を開けて過ごすアレッタに投げて寄こした。


「……これは?」

「クラウスの爺さんからだ。私とお前でこの依頼を受けてこいだとさ」


 何の冗談か。


 任務を引き受ける事に否応はない。クラウスは何を考えて相性の悪い聖羅と組ませたのか。依頼書の内容をひと通り読み終えて顔を上げると、ニヤニヤして面白がっている忌々しい聖羅の顔。


 依頼書が皺を作った。


「……わかりました」


 不本意だが公私を混同しては立派な成長は遂げられない。


 数々の不満をまずは一度飲み干し、ペンで依頼書にサインをしてそのまま聖羅に手を伸ばして突き返すように渡した。


「出発は明日だ。私はそれまでに読みかけの文献の山を頭に叩き込まねばならんのでな。お前はあの本を読んだか?」

「あの本では分かりません」

「そうツンケンするな。せっかくの可愛い顔が台無しだぞ。人間一人の比重が世界に及ぼす影響という内容の本だ。あれは滑稽だな。著者の狂人的な妄想が延々と綴られている。クク、ああいった思考を持つ奴が信仰者になるんだろうなぁ。その著者は現在、信仰会の暗部、執行会に身を置いているそうだ。私達の敵だな」

「その本であれば読んだことはあります。私には彼の、人という種が世界に及ぼす影響を真剣に考えぬいたように捉えました。やはり、貴女と私では価値観や共感といったものが得られそうにないですね。それと、狂人という点で言えば貴女も大概ですよ」

「私が狂人だって? クク、あはは、はははははっ。それは結構なことだなぁ。膨大で曖昧な世界真理を探究して至ろうとしている魔術師わたしたちにとって、相応しい在り方じゃあないか? そうは思わんか?」


 確かに普通であれば世界を識ろうなんて常人は考えない。


 世界と自分の軋轢や疑問を解消し、折り合いを付ける為に魔術は生み出された。それを日々、研究と探求に人生を燃焼して捧げているのだから、狂人と称されても反論なぞできるはずもない。


 確かに魔術師は狂人かもしれない。


 そこは認めるが、稲神聖羅の探求欲と研究欲。貪欲なまでに欲する知識欲は度が過ぎている。彼女の得た知識は新たな魔術師にとって発展となる形となって世に発表されている。


 彼女はこの間、ついに不可能とされていた魔術式による電気の生成に成功してしまったのだ。彼女の発表した論文は全魔術組織を震撼させてしまった。これにはアレッタや柊、無表情を常とするヨゼフィーネをも顔面蒼白にさせた程。


 正直悔しかった。


 こんなふざけた、他人を馬鹿にする人が後世の魔術史に名を残すことが。


「魔術式による電気の生成。あれは何をヒントに閃いたのですか?」

「ああ、あれか。簡単な理論だよ。静電気ってあるだろ。乾燥した季節によくなる痛いやつだ。ここに来る前に香織が面白がって、幹久の髪を下敷きで擦って静電気で髪を立たせる遊びをしていたのを思い出してな。空気を極限まで乾燥させ、物凄い勢いでぶつけ擦り合わせれば電気の種は生まれるんじゃないかと至ったわけだ」

「静電気程度では、電気とは言えません」

「日本の諺には、塵も積もれば山となるという言葉があってな。まあ、意味は自分で調べろ。小さな静電気も数百万数千万と集め、無理やりにでも凝縮してやれば膨大な反発によって半永久的に電気が電気を生み出し続ける仮定を導き出した。凝縮方法は簡単だ。静電気を閉じ込めた空気の檻で囲ってやり、檻自体を高速回転させながら体積を縮めてやればいい。どうだ、簡単だろ?」


 簡単なものか。


 そんなデタラメな式を誰が思いつくと言うのか。そもそも、彼女の魔術式による電気生成は高等な技術を要する。Aランクの者でも中々に成功しない困難極まる非効率的な手段。それをいとも簡単にこなしてしまう聖羅は常人の域と一線を画している。


 ちなみにアレッタも成功はしたものの、電気の反発に痛い目を見た。


 これが、魔術四家筆頭の稲神が成せる外道の探求か。


 これが、天才魔術師と称えられる稲神聖羅の才能か。


「天才と称されて嬉しいですか?」

「おいおい、なんだよ。嫉妬かぁ? クク、可愛いなぁ、お前は」

「正直に言うと、嫉妬しています。どうしてこんな人が私より早く昇進出来て、誰もが諦めていた電気生成を成した偉業に。悔しいです! 私だって、努力してます。なのに、貴女は……貴女はッ!」


 真の天才は近い将来、自分の地位を越してしまう。


 他人の成長を願うアレッタが、他人の成長に嫉妬し、心の奥底では折れてしまえばいい、と抱いていた暗い気持ちをあらわにした。


 聖羅は珍しく茶化す真似はせず、黙ってアレッタの抱く感情の爆発を受け止めていた。はぁはぁと息が上がったタイミングで口を開く。諭すように。優しく包み込むように。


「お前は真面目過ぎるんだ。いいか、アレッタ。私だって努力をしている。確かに持って生まれた才能は、他人と比較しようがないほどに上等かもしれないよ。だが、その才能も努力で培ってやらねば簡単に廃れるぞ。それは、お前がよく一番分かっていると思うんだがなぁ。どうだ、違うか?」

「…………」


 下唇を噛みしめ、涙で濡れる頬をゴシゴシと袖で拭き取り、小さく頷く。


「逆に私には、お前みたいに植物と話せる才能は無い。それはお前だけの才能だろ? だったら、その才能を伸ばせばいいじゃないか。誰が何と言おうが、自分で呪いだと思っていようが、私がどれだけ努力しても得られない素晴らしい才能だ」

「稲神さん……」

「努力しても胸は大きくなりはしないがな」


 そこで聖羅はいつも調子で、自虐気味に不敵な笑みを見せた。


「ふふ、そう、ですね。胸は膨らみませんね。どれだけ知識を身に付けても」

「だが諦めてやるつもりは無いぞ。将来は香織以上にバインバインになってやる。世の男どもを私に跪かせてやるのも一興かもしれないな」

「柊先生だけは止めてくださいね」

「クク、どうだろうな。まあ、お前が心配する事にはならんだろう。あの優男はお前に一途だ」

「ひゃっ! い、い、一途ですか⁉ 私に?」

「……気付いていなかったのか。あれは、師弟愛というより、惚れてるぞ?」


 聖羅は喉を鳴らして笑い、アレッタも感情の暴露と彼女の言葉に余計な力が抜けて自然に笑えた。


「ですが、やっぱり、人を馬鹿にする稲神さんは好きになれませんよ」

「ここまで優しくしてやって、言う事はソレかぁ?」

「はい! 好きになってもらえるように努力してみてください。私も好きになれるように努力してみます」


 聖羅は盛大に嫌な顔をして見せた。


 アレッタは意地悪な笑みを浮かべて見せた。


「明日は頼りにしています」

「ああ、迎えに行ってやるから身支度は今日中に済ませておけよ。私は忙しいからもう行くぞ」


 聖羅は赤茶色の髪を掻きながら廊下の奥に消えていった。


 アレッタは彼女の背を見送ってから、彼女の歩いて行った道とは正反対側に歩いていく。


こんばんは、上月です



次回の投稿は7月31日の21時を予定しております!

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