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魔術師としての初任務1-14

 とても甘い香りがした。


 背中の下は固い板のようだけれど、頬を撫でる温かさと柔らかさは、土と草花の蜜が染み込んだ、アレッタが大好きな匂い。


「おはよう。お寝坊さんだよ、アレッタ」

「……柊先生?」

「うん、キミの先生の柊春成だ。具合はどうかな?」


 長い間眠っていた脳は思考を霞ませ、彼の発言が意味する所を掴め損ねていた。


「――近いです!」


 なんとなしに自分と彼の距離感を目測で数え、それが安全領域の百二十センチも無い事にバッと跳ね起きて、ベッドの隅にまで後退する。


「いや……あの、ごめんなさい。嫌いではないのですが、やっぱりまだ……」

「あ、うん。大丈夫。僕の方こそごめんね。それで、なんだけど。一つ確認させてもらいたいんだけど」

「はい、どうぞ」


 アレッタは申し訳なさそうに小さく頷いた。


 この場で切り出してよかったのか、と考えもしたが了承を得てしまった手前、もう引き返せないと覚悟を決めて聞く。


自分は何か気に障る事でも言ってしまったのかと。


 アレッタは一度、視線を柊から外し、どうしようかと悩む。最初は全部曝け出そうとも思ったが、実際に彼を前にすると、真実を明るみに晒すことに抵抗を感じる。


 きっと柊は強制はしない。


 話したい事だけを話せばいい、きっと彼はそう言う。


 だが、アレッタはそれでは駄目だとも思っていた。


 彼が自分と向き合おうとしているのだから、自分も彼と向き直って言葉を交わさなければならない。アレッタは柊相手でも長時間の目線を合わせられない。そんな奥手では一歩の前進も無いからと勇気を振り絞る。


「柊先生は言いました。私をとても傷付けてしまう一言を」

「教えて欲しい。僕はあの時、キミを傷付けた言葉は」

「化け物は無に返す、です」


 アレッタの心臓はバクバクと拍動を大きくしていく。


「アレッタは、自分の事を化け物だと思っているのかな。それとも、僕のような奴が、化け物を殺すことが怖い?」

「柊先生、私は……化け物ですよ」


 とうとう言ってしまった。


 柊は呆けた顔で口をポカンと開けて固まっている。当然だ。自分自身を化け物だという子供が何処に居るだろうか。実際に目の前に居るのだから、さすがの彼の頭も理解に追いつけていないのかもしれない。


「それは、どういう……」

「そのままの意味です。私は……半分は異形で構成されています」

「だから、それはどういう」


 説明を求める柊の表情は真剣そのものだ。


 アレッタの発言を冗談とも取らずに、その真相を探究して求めている。


 そんな彼の姿勢は、アレッタに最後の一押しの勇気と覚悟をもたらした。


 やっぱり彼なら、自分を見捨てないという強み。


「私の出生は……」


 柊に全てを話した。


 話していて辛く、涙が視界を塞ぐこともあった。喉がひきつって言葉も震えることもあった。その度に柊は「大丈夫。ゆっくりでいいから」と落ち着くまでの時間を苦言なく待ってくれた。


 自分の話を聞いている柊さえも、時折、自分の事のように顔を酷く悲しそうに歪めて、同情ではなく、「よく頑張ったね」と言葉を掛けてくれる。


 アレッタの長い話も終わり、一息をついて窓から差し込む日差しを受けて床に作り出す木枠の影を見て思い出す。


「柊先生! この屋敷には影が……えっと、怖い影のお化けが」

「大丈夫だよ」


 そう言って柊は天井を指さし、釣られて視線をゆっくりとその差す方へと向ける。


 天井から黒い顔だけを覗かせた影が結晶化していた。


 首から下は天井に広がるシミと化しており、自分が眠っている間に問題は解決していたのだと悟り、恐る恐る本題へと話題を戻して聞いた。


「柊先生、私は……」

「アレッタは化け物じゃない。キミは人間だ。人に迷惑を掛けないし、まっすぐに探求意欲を持ち合わせた立派な魔術師の種だよ。キミはいつか、美しい大輪を咲かすと僕は確信しているし、絶対に美人さんになる。だから、誰が何と言おうがキミは人間なんだ。いいね、二度と自分は化け物だなんて思ってはいけないよ」


 温かで恥ずかしい受け入れの言葉。


「独り立ちできるまで、僕が守ってあげるから。今回の件、本当にごめんね。僕は約束したのに、キミを守るって、それなのに、約束して直ぐこれだ。本当に情けない男だとは思う。それでも、キミを守らせて欲しいんだ。誰にもキミの平穏を壊させたくはない」


 赤面してしまいそうな程の純粋な本心。


「私にも守らせてください、柊先生の――」


 そこでアレッタの紫色の瞳は危機を感じ取った。


 それは天井。


 結晶化しているはずの影は、染み込ませたシミの部分から禍々しく長い黒腕を垂らし、その爪先は柊のうなじに向かって。


「柊先生‼」


 反射的に柊に飛び掛かる。


 椅子に座る彼は上体を大きく逸らして、そのまま後ろに転び、鋭利な爪がアレッタの喉を貫く寸前で身体の奥底にある何かが弾けた。


 時間が止まった。


 停滞した、隔絶された空間の中、アレッタは無意識に言葉を紡いでいく。


「大地に芽吹く成長の粋。いかなる時代であろうと諦める心知らず、いついかなる瞬間に咲く事待ち続ける。健やかなる土壌から覗く芽に希望の陽光と知識の雨を――咲かせよ世界真理の大輪を」


 それは瞬きでさえ遅く感じる間に起きた奇跡。


 屋敷全体が軋み、外部からの衝撃に窓が割れた。窓枠と周囲の壁をぶち抜いて真っ直ぐと影の腕を締め上げたのは大きな根だった。


「な、なんだ!?」


 柊は目を剥いてこの現状を理解しようと努める。この根はどこからやってきたのか。どういった論理が働いて動いているのか。動かしている人物は誰なのか。


 植物を愛する彼の眼は、現状理解から段々と外れて子供の様に驚きと感動をあらわにしている。


「な、なんなんですか! こいつは……いったい」


 騒ぎを聞きつけたキルツェハイドが縛られたゲルマーを引き連れて来た。その反応は柊と同様で、ゲルマーはただ虚ろにその目を影に向けていた。


 あれが息子でない事は既に柊から聞かされており、己の過ちに対する重責に感情が追い付いていないようだった。自分が信じて行ってきた覚悟と苦労が全ては無意味だったのだから致し方ない。


 その間にも外から茎を伸ばした花が、雑草が、枝がこぞって駆けつける。彼等はそっとアレッタの身体を抱擁しようとしていた。


「まさか……ここまでの奇跡を、アレッタが?」


 アレッタ自身もこの現象に説明が付かない。


 ただ頭に浮かんだ言葉を発しただけ。


 気付けば魔力が身体中を巡っていた。もちろん咄嗟の事なので自分で流したつもりはない。身体の奥底からはじけた感覚を思い出し、もしかしたらあの時にでも魔力が流出したのかもしれないと予想を付けておく。


「これが、私の魔術、ですか?」


 教え子の質問に、先生はしっかりと頷いて見せた。


「成長の魔術理論。植物が魔術媒体となったんだろうね。確かに植物は延々と成長を続ける種だ。彼等と会話ができるキミにとって、抜群の相性なんじゃないかな」


 アレッタを守る為に根の先を鋭利に尖らせて影を威嚇している。


 身体を包む花達が発するほの甘い香りは安らぎを誘う。


「私の、私の大切な人達を傷付けないでください!」


 根は影の身体が埋まってシミと化した部分を貫き、まるで栄養補給をしているかのように大きく拍動した。


「コンナツモリジャナイ。喰ウノハ俺ノハズ。イヤダ、イヤダ。俺ガ俺ジャナクナッテシマウ」


 シミは段々と薄く小さくなっていく。


 植物たちは美しく大きく育っていく。


 中庭に面した窓が割れ、廊下をスルスルと枯れ朽ちた草花が伸びてきては、部屋の天井に巣食う栄養分を補充し始めた。


「オ前ハ、本質ハ俺ト同ジ。同ジ生マレ。オ前ノ、歩ム道ハ何処ダ?」


 影にもはや抵抗の意思はない。


 最期だと諦めたのか、残った僅かな時間でアレッタに問い掛ける。


私の道(フォルトバイン)は無道です。私に合った道を模索して、時には外れる事もあるかもしれません。ですが、それでも私は一生歩き続けます」

「……ナラ、セイゼイ足掻イテ模索シロ。魔術師ノ狡猾デ、身勝手ナ影ヲ覗イテミロ。ソノ道、イツマデ貫キ通セルカ」


 影の過去に何があったのかは知らない。


 彼の口ぶりからして魔術師に良い印象を持っていない事だけは確かだ。そんな彼の言葉を否定せず、頭の片隅に留めてしっかり頷く。


「最期にお名前、教えていただけませんか」

「囚人番号、キュウナナ」

「それは……」


 名前ではありませんと口にして止めた。


 彼に名前があるのならばそっちを名乗るはずだから。彼があえて囚人番号を名乗らねばならないのには相応の理由があるはず。だからアレッタは何も言わずに彼の名前を同じように頭の片隅に記憶させる。


「オ前ハ?」

「アレッタ・フォルトバインです」


 自分の名をちゃんと聞き届けられたか。影はアレッタの名乗りの最中に消えてしまっていた。


 彼が何者だったのかは謎のままだが、何はともあれ仕事は片付いた。


 植物達も元居た場所に帰り、本来の在り方に戻る。


 中庭で枯れていた植物達は元気に綺麗な花を咲かせ、虚ろだった従業員も活気を取り戻していた。今までの記憶が曖昧だったり、頭がぼんやりとするなどの症状を訴えるが、いつからこの屋敷に来ていたのか、ヨゼフィーネが一人一人を診察して問題はないと太鼓判をした。


「これは、お嬢さんが報酬の取得割合が多いですよ。良かったですね」

「報酬、ですか?」

「ええ、当然でしょう。俺や柊様なんてなぁんもしてませんからね。今回活躍したのは、ヨゼフィーネ様とお嬢さんですよ。どうぞ、報酬は二人で山分けしてください。それでいいですよね、柊様」

「まあ、そうなっちゃうよね。初のお仕事、おつかれさま。どうだったかな、魔術師の仕事はこういうものだけど」


 困ったように頭を指先で掻く柊に。


「はい、今回のお仕事で多くを学べた気がします。もっと経験を積んで、私の無道を模索して歩みたいです」


 それだけを力強く伝えた。


 柊やヨゼフィーネは満足げに大きく頷いた。


 帰りの車内では、アレッタは直ぐに眠りに付いてしまった。


 これからが、アレッタの魔術師として本当の試練が待ち受けているのを知らずに。

こんばんは、上月です



今回で魔術師としての初任務は終わりです。

次回から第二章『発芽』に移行します


次回の投稿は24日21時を予定しております!

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