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魔術師としての初任務1-13

「僕が至らなかった……」


 自室待機を命じられた柊はテーブルに親指大の多彩な結晶を並べていく。その動作は緩慢で表情はいつもの穏やかなものではない。


 いざ一人になると、罪悪念がより顕著になって重くのしかかる。柊は真っ向から見つめ直す。己の不手際やアレッタに対する心配りを。


「ヨゼフィーネ殿に、役立たずと言われても仕方ないね。確かに今の僕は、心此処に在らずだ」


 空になった結晶袋に何度も手を入れてテーブルに置く仕草をしていた事に苦笑する。


 テーブル上には計二十五の結晶が並んでいる。


 色によって発現する神秘は異なる。


 今回は結晶化するのが難しい黒も持ってきていた。


「最初から全力でやる。これ以上、アレッタに危害を加えさせるわけにはいかない。あの子は、将来を美しく咲かす希望の種だから」


 将来はきっと美人になる。


 将来は有望な魔術師になる。


「あの子は、直ぐにでも僕を追い抜くだろうね。その時がとても楽しみだなぁ」


 結晶の数と種類を確認したところで柊の準備は終わった。


 やることはない。


 できればアレッタの近くに居たかったが、それでは影がいつまでたっても出てこない可能性がある。ヨゼフィーネに念を押されたので行くに行けない。隣の部屋の様子が気になり、心配と不安が募って息苦しい。


 壁を凝視したところで透ける訳でもなければ、耳を押し当てても物音ひとつ拾わない。


 信頼を寄せているキルツェハイドが付いていてくれるのだから問題はないだろうが、柊の心は焦燥に駆られてじっとしていられなくなる。


 部屋中を行ったり来たりしては、時折、隣の部屋とを隔てる壁に視線を向ける。


 そんな時だった。


「――なんだ!?」


 それは聞き慣れた音。


 拳銃による発砲音が二度屋敷内に響いた。


 急いで部屋を飛び出すと隣の扉から顔を覗かせたキルツェハイドと目が合う。


 屋敷の使用人たちも足を止めて、じっと黙って、ある一部屋に顔を向けていた。


「ヨゼフィーネ殿!」


 柊は反射的に走り出した。


「キルツェハイドはそのまま、アレッタを頼む!」


 廊下を走り抜けて階段を降り、エントランスホールをぜぇぜぇと息を乱しながら足を懸命に運んでいく。


 ヨゼフィーネの先程の威圧と迷いのない行動が頭をよぎる。


 突き当りを曲がると見える儀式の部屋。扉は若干開いており、薄暗い室内が静寂と覗いている。


 不吉な予感に突き動かされた柊は激しく鼓動する心臓を鷲掴みながら、邪魔な置物を退かして扉を開け放つ。


「ヨゼフィーネ殿! ゲルマー殿!」


 地に伏せる人物を見て、表情を引きつらせ、傍らに立つ者に警戒をする。


「ゲルマー殿……なぜ?」


 拳銃を手にして伏せるヨゼフィーネを見下ろしていたゲルマーは、ピクリと反応をして顔を持ち上げる。その表情は虚無色に塗りつぶされていた。


 熱した火薬の臭いを吐き出す拳銃がゲルマーの手中で小さく震えている。


「私は……私は悪くはありませんよ。私は脅されたのですから。ですが、これで……息子が蘇る」


 地面に描かれた魔術陣をなぞる様にヨゼフィーネの血が流れていく。


「まだ生きてる!」


 助け起こそうと駆け寄り膝を突くと、後頭部に固い何かが押し当てられた。


 それが拳銃である事くらいは承知している。


 余計な真似は控えろ、とその銃口が囁く。


「僕を撃ちますか? 頭部を撃ち抜かれたら、僕は死んでしまいます」

「いいえ、息子に喰わせますよ」

「息子さんは諦めたのではないですか?」

「この部屋に足を踏み入れて気が変わりました。息子が囁くんですよ。上質な肉が喰いたいと。聞こえませんかね? 今もほら、おや、どうやら息子はあのお嬢さんの元へ向かったみたいだ」


 その言葉は柊を激高させた。


 突きつけられている拳銃を振り向きざまに拳で殴りつけると床が爆ぜた。


 照準を戻そうとする彼の考えは予想していたので、彼の右手首を可動域の限りを捻り上げると、力なく拳銃が手から滑り落ちた。


「すみません、ゲルマー殿」


 手首を捻り上げたことで重心が不安定になった所を、足払いで床に転がし、申し訳ないと思いつつ頬に拳の一撃を見舞った。


 朦朧とする眼差しで柊を見上げるが、殺さない程度に遠慮はいらない、ともう一発殴りつける。


 上手く昏睡してくれても安堵に胸をなでおろす時間はない。


「あ、すみません! 彼女をお願いします」


 扉の隙間から此方を覗いていたのは屋敷を案内してくれた陰気な女性だった。


 彼女にヨゼフィーネを任せると、手際よく衣服を脱がして止血作業に取り掛かってくれた。


 弾は上手く急所から外れて脇腹を貫通していた。


 自分が成すべきはアレッタを守る事。


 成人男性以下の体力しかなくても、無理をして走り続けなければならない。全てはアレッタの為。己の不甲斐なさに対する怒りを燃料にして、アレッタが看病されている部屋に転がり込む。


「キミが……息子さんか。僕の大切な弟子を、友人を、家族を食べるのは止めて……もらえるかな」


 呼吸を整えるべく酸素を急ぎ肺に送り込む。


 影の手には意識を失ったキルツェハイドが宙づりにされていて、今まさに、その巨大な口に並ぶ牙をベッドで眠るアレッタに突き立てようとしていた。


 黒い顔。


 円盤状に引き伸ばした白い部分。その中をギョロギョロと縦横無尽に忙しなく活動する黒点は、アレッタ、柊、キルツェハイドの三名を順々に見渡す。


「全員喰ウ。オ前等、栄養アル。俺ハ蘇ッテ復讐スル」

「……復讐? 誰にだ」

「人間スベテ。俺ヲ燃ヤシテ殺シタ。笑ッタ人間。獄中ハ冷タカッタ。食ベ物モ無イ。ヒモジカッタ。ダカラ膨レルマデ、喰ウ」


 獄中。食べ物が無い。俺を燃やして殺した人間。


 これではまるで別人だ。ゲルマーの息子は車の運転中に亡くなったと聞く。墜落時の衝突か炎上。彼の死因はそのどちらかのはずで、間違っても獄中死とは異なる。


「キミは誰かな。ゲルマー殿の息子ではない?」

「囚人番号キュウナナ」


 キュウナナはそれだけ言うと牙を柔らかな白い肌へ近づけていく。


「させるか!」


 空気に対して質量の曖昧な意味を持たせ、簡易魔術式を即座展開し放つ。


「空気、変ワッタ? コノ娘トオナジ」


 影はキルツェハイドを投げ捨てて大きく天上に跳躍してみせた。そのまま黒い影は天井のシミとなるべく一体化し始める。


 間に合うか間に合わないかはギリギリだった。


「純なる結晶よ、繰り返し積み重ねる時間さえも封じる静謐なるすい。世界真理さえも閉じて、僕は識る。集めよ、そして凝固せよ――万物純化の(フィフトレア・)結晶粋論ベルスィート


 天井との一体化が住む前に、掌の上に転がす無色の結晶体が崩れ、キラキラとした破片が宙を舞い影の身体に付着していく。


「嫌ダ! ヤメロ、ヤメロ、俺ヲマタ殺スノカ! 魔術師!」


 柊は唖然とした。


 彼の口から魔術師という単語が出たからだ。魔術師は表社会では基本的には素性を隠すもの。一般人からの依頼には、裏事情に詳しい仲介屋が口巧みに説明し、魔術組織に依頼が舞い込む。


 少なくとも彼は裏社会に精通した者ということだ。


 彼は何かをして魔術師に殺されたのか。そもそもどうして、魔術師が獄中の囚人に直接手を下す必要があるのか。


 魔術組織は数多く在れど、不用意に魔術を使ってはならないという制約を課す所が多い。囚人を殺すのに魔術は不要だ。


 それと彼はこうも言った。


 笑いながら燃やしたと。


「そんな非人道的な……身勝手な魔術行使が許されるはずがない」


 少なくとも、シェルシェール・ラ・メゾンでそのような行いが発覚すれば、組織規約によって強制除名と最悪の場合は処刑だ。何処で誰の目が届いているかも分からない状況で、魔術を享楽の殺人手法として使われたことが信じられなかった。


「だけどそれは、今は関係のない事なんだ。キュウナナ、キミは僕の大切な弟子に手を、牙を掛けたんだから」


 柊は表情を切り替える。


 朗らかなものから真面目な顔付きで、身体が結晶化されていく影を見上げている。


「ソノ、娘モ、本質ハ、俺ト同ジダ」

「意味が分からないね」


 冷たく吐き捨てた。


「彼女は、僕ら魔術師の希望だ」


 彼の感情は結晶化されて閉じられた。遠慮をして此方が被害を被らない為に。過去の過ちから学んだ、敵には徹底した態度を以って排除する。それが異形や悪魔の類であればなおさらだ。


「異形か悪魔かの分類は分からないけど、人に害を及ぼす存在は無に返す。ただ、それだけだ……」

こんばんは、上月です。



次回の投稿は7月22日の22時を予定しております!

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