終花1-3
何もない、一人には広すぎるくらいの石造りの部屋。
窓にはステンドグラスが嵌め込まれていて白い光が差している。床に描かれるステンドグラスの模様をいつも眺め始めるところからアダム・ノスト・イヴリゲンの人生は始まる。
ここはアダムが創る、世界の基板となる空間。
つまりは神域。
「いつまで神様として稼働し続けるの」
アダムは自分が座っている背もたれのある木製の椅子から立ち上がる。深い眠りから覚めたばかりで覚束ない足取りで、決まって鏡面を探して部屋をフラフラと歩く。毎回、毎回、毎回、気が遠くなってしまうくらい続けた作業は、まるでそうするようにプログラムされているかのように鏡面の前に立って姿を確認する。
「今回の私は女なのね」
自分を認識すると頭の中にスッと人格が思い出される。
毎回違う自分。
創世を行う度にその世界に適したアダム・ノスト・イヴリゲンが形作られる。
形作られる度に過去の記憶や知識を引き継いだ状態で始まる。
故にアダム・ノスト・イヴリゲンは新しく始まる毎に強くなる。
しかし、彼女を怖そうとする人類という種を根絶やさんと戦争を仕掛けてくる、本物の神には敵わない。
アダム・ノスト・イヴリゲンは常世の時代に栄えていた神々の時代に、人を愛していた神によって創られた偽りの神。
いつまでも繁栄し続けると思っていた常世の時代はもう無い。
滅ぼされてしまった。
常世の時代の外側から現れた、楽園とよばれる別世界を守護者、秩序を司る者によって。
滅ぼされた後に残った神こそ、エテルナ・エルナ・エテナ。
彼女はアダムを壊してから、創世の力のみを頂き、かつての繁栄していた神々の時代、常世の時代を再生させようとしている。あの時代は一つで完成している故に、その世界法則によってそれ以外の世界は活動できない。
楽園と呼ばれる世界が例外だったのだ。
神々の世界では人という種が自我を持って成長できない。徹底的に管理され、自分たちを崇拝させるだけの都合のいい駒程度にしか価値はない。
そんなことを望まないからこそ、父はアダムを創ったのだ。もしかしたら常世の時代が終わりを告げる未来が見えていたのかもしれない。
アダムは忠実に課された人類繁栄の世界を維持継続してきた。
エテルナ自ら盤上のゲームに参加した時が、アダムが敗北する時。
エテルナはアダムの心を折るために世界を長い間維持させ、適度に世界滅亡の為の小さな石を投石しつつ眺め、ここぞというタイミングでアダムの前に現れる。
第三次世界大戦はエテルナの小石によって引き起こされた惨事。
人類滅亡を救う為に津ヶ原永理が引き起こした第三次世界大戦だが、実際はそう仕向けさせたのはエテルナの存在だった。
エテルナという存在は周到に嫌がらせをして、アダムの妨害をして悦楽に悶える。
先ほどまで在った世界では、津ヶ原透理の住む町に出現した世界の歪み。あの存在のせいで津ヶ原永理が不老不死を願い、百数十年後に第三次世界大戦を引き起こさせた。
津ヶ原透理を失ってはいけない。
彼女の成長に際限はなく、見事大人になっていれば稲神聖羅やアレッタ・フォルトバインを上回る魔術師に成長していたことだろう。世界と肩を並べてしまえるくらいにまでの可能性を彼女は秘めていた。
鏡面の端に何かが映り込んだ。
真っ赤な薄い布が揺らいだ。
「いつもの宣戦布告かな。エテルナ」
この人格は先ほどまでのアダムよりかは人間味があるようだ。
アダムが振り返るとそこには赤が存在していた。
長い髪は赤く、来ているロングドレスも赤、爪も赤く塗り、何よりその獰猛と知性を共存させた真っ赤な瞳。
赤い唇が歪曲して口が開く。
「今回の貴女は素敵ね。壊しがいがありそうな、お嬢さん」
「前世の私が無機質なだけだと思うよ。だって、まさにプログラムのような存在だったね。でも、今回の私は常識で縛られそうにないんだなぁ」
「可愛い」
「モテちゃうくらい?」
「ええ、アダム・ノスト・イヴリゲンに私の想いはいつ成就するのかしらね」
「残念でした。貴女に興味ないんだよね」
「あら、残念ね」
「ありとあらゆる手段で私は貴女から世界と、可愛い人類を守ってみせる」
「可愛い」
「貴女って私の、アダムが共有す世界創造の力が欲しいんでしょう。常世の時代の再起なんて馬鹿な考え。今さら神様の世界なんて創ってどうしたいの? そんなのつまんない。人という種はね、神様でさえ押さえつけられない成長を秘めてるんだから、余計な信仰で能無しにしないでよね」
「可愛い」
「今回で殺すから、貴女のこと。ストーカーみたいに毎回毎回、私の前に現れてさ、いい迷惑」
「可愛い」
「さっきから、なにそれ」
アダムはエテルナを睨み付ける。
「ええ、可愛い」
エテルナは小さな溜息をつく。
「テメェが粋がって吠えてる様がよォ、可愛いツってんだよ! 私を殺す? どの口でいう。どの手段で殺す? アダム・ノスト・イヴリゲン、始まりの子供達と大予言から名付けられた捻りの無いガラクタめ!」
危機として口端をここまでかというくらいに持ち上げた。
「殺してやるのは私の方だ!」
これにて、アレッタ・フォルトバインの物語は完結となります。
秩序を司る者については『守るべき日常、失われる世界』『受け継がれる意志、守るべき日常』にて登場しています。
いつかはこの続きも書きたいとは思ってはいますが、当分の間は書くつもりはありません。