極花1-9
遂に尽きたアレッタの魔力。
意識を保っていられるのは、魔力瓶に温存させておいた予備のおかげ。しかし、もう魔術はおろか、簡単な魔術式さえ組み上げられない。
片膝をついて睨み上げるアレッタを見下ろして嗤う聖羅。
「年老いぬことはいいが、死ねぬのは辛いよなぁ、アレッタ?」
聖羅は昔を思い出すように眼を細めた。
「お前達に囲まれて集団リンチを受けたときは、流石に泣きそうになった。なんたって、私を殺すためだけに、敵対組織の信仰会の暗部、執行会と手を組みやがったんだからなぁ。まだ人だった頃に拾った愛弟子にさえ殺意を向けられる気持ちが分かるか? クク、心地良い者だったぞ」
「人類の敵を前に組織間の対立なんて馬鹿らしいでしょう。それに、貴女の愛弟子だったルア・ウィレイカシスは、貴女を救いたかっただけ。彼はとても優秀な魔術師よ、昔の貴女と同じくらい」
「あいつの噂は色んな所で耳にするよ。世界の歪みと相性がいいとな。まあ、あいつの魔術は万能だ。閉じた世界に埋没する子供だからこそだな」
「いいえ。彼は人の知識を、本という媒体で具現させているの。彼の力は人類の知識の粋よ」
「どうでもいいね。そのうち死ぬ奴だ。今は日本だったな。お前を痛めつけるのに飽きたら、赴くとしようかねぇ」
もう自分に彼女を止められるだけの力がないのなら、少しでも時間を稼ぎ、なんとかしてこの事態を誰かに報せなければならない。ならばこそ、彼女の興奮を掻き立てられるように踊って見せよう。
どんな醜態を晒しても、どんな屈辱を受けても、彼女を飽きさせない。
「ねぇ、聖羅」
「なんだ」
「切り刻まれながらするキスはどんな味がするのかしらね」
「クク、なんだァ、お前はそういった趣味があったのか? お前の苦しむ顔を間近で見ながら、お前を味わえるのも面白いな。なんなら試してみるか」
「情熱的なものをお願いするわ」
アレッタは挑発的に笑む。
瞬間、アレッタの腹部に痛みが奔った。それでも痛みに屈してはならない。彼女の嗜虐生を刺激するために笑い続けなければならない。
肩、足、腕、と至る箇所が深く切り裂かれていく。
いいや削がれていく。
「あら、紳士的なのね聖羅」
「それはそうだろう。私の大切な友人なんだから。ゆっくり、ゆっくりと削いでやらねば、お前の芸術的価値を最大限に活かしてやらねば失礼だ」
聖羅は魔術ではなく、ナイフを、物理的にアレッタの薄い胸に突き立てた。
「あぐっ」
「いい顔だァ」
胸骨を削るようにナイフを捻る。
そのタイミングで聖羅が赤茶色の髪をなびかせながら迫り、アレッタの苦痛に歪んだ唇へと自分の唇を重ね合わせた。
聖羅の舌先がアレッタの口内を卑しく掻き混ぜるように、喉から迫り上がった血を舐め取っていく。
「痛いか? アレッタ」
「痛みなんかより、貴女にキスをされた興奮が勝るわ」
「変態め。そういえば昔、初心だったお前の初めてのキスを奪ったな。あれは良い思い出だ。そういう趣味は無いが、お前をからかいたい一心でやったのだが、正直言って、私もあれが初めてだった。あの後、私の心臓はバクバクと落ち着きなかった」
「私もよ。同性に奪われるなんて思っていなかったから」
「初めては柊が良かっただろう?」
「当たり前でしょう。初恋の人だったんだから」
「可愛いなぁ、お前は」
一瞬だけ、聖羅の瞳に情が宿った気がした。
すぐにまた狂人の色に塗り替えられた。
「愛や恋といった情のない私からしてみれば、お前が初めてで良かったよ」
「きっと好きな人が出来るわ。だって、とても強くて美しい私の大切な親友なんだから。常に私の理想でいてくれた貴女なら」
「昔の話だ」
聖羅が冷たく遮った。
胸に突き刺さったナイフを乱暴に引き抜くと、血がボタボタと地面に落ちる。激痛に小さく喘ぎ必至に胸を手で押さえるが、聖羅の手がアレッタの手首を捻って地面に押しつけ、ナイフでアレッタの手を突き刺して地面に固定した。
残るアレッタの片手は聖羅が指を絡ませるようにして地面に押しつけ、また唇を重ねた。
「すまないな。アレッタ。もう無理なんだ。昔には戻れない」
「せ、聖羅?」
彼女は泣いていた。
「もう頭の中がごちゃごちゃとして理性が抑えられん。ただ欲求が増幅してあらが得られない快楽を求めてしまう」
「どうして、どうして」
今の聖羅はアレッタがよく知り、自分が目標としていた魔術師の顔だった。
「止められないんだ。止まれないんだ。もう私は歩き続けるしかないんだよ、稲神の外道を」
こんばんは、上月です
次回の投稿は9月5日の21時を予定しております