極花1-7
なるべく被害を出したくはなかった。
この思い出の場所で、この美しい場所で、好きな人と過ごした時間を留めた場所を壊したくはなかった。
早期決着を付けたいところだが、この相手をしてそれは不可能だというのはわかりきっている。稲神聖羅を殺せない。彼女の不死の肉体と超再生、そしてなにより実力が上回る聖羅を相手に、後手に回り、消費を抑えて被害を受けないように立ち回るのがやっとだった。
「二対一とは随分と卑怯な真似をしてくれるよ。ならば此方もお披露目といこうか。私の契約悪魔をなァ」
聖羅は軽く指を鳴らした。
アレッタは全体が鳥肌たつのを感じて、瞬時に獅子蛇と植物たちを聖羅へと差し向ける。
彼女の身体を獅子の牙と植物たちが捕らえる寸前、彼女の全面にはノイズの切れ目。そこから隙間を広げるように内側から太い腕が伸びて植物の束を握りしめ、拳で獅子の顔面を殴りつけた。
吹き飛び転がる上位悪魔。
「なんですか……、あれは」
「私の契約悪魔だよ。私に力をもたらす別次元の悪魔さ」
異空間の亀裂は完全に押し広げられ、それでも狭い穴から身体をねじ込ませて、現世側へと出ようとしている。
「アレッタ。お前はもう終わりかもな。コイツは魔法使いだ、植えた狼等とは比較のしようがないほどに膨大な悪意だ」
「待って! そいつは」
悪魔が完全に現世に現れた。
アレッタはその存在を観て目を見開いた。
「その悪魔は、だって……、地下に」
「そうだ。シェルシェール・ラ・メゾンの地下に幽閉されている異界の悪魔王だ」
かつて聖羅たちと地下に潜った際に、あまりの実力の差に命からがら逃げ帰ったのだ。あの時は本気で死を覚悟し、もう二度と相手をしたくはない、とそれ以降二度と地下には潜ってはいない。
その二度と相手したくない相手がいま、こうして目の前にいる。
「どうやって……」
「従えさせてるかと聞きたいのか? クク、実はよくわからんのだ。だが、契約の過程を知ってどうなる。お前はコイツと私を相手にしなくてはならのだから、そこに頭を働かせるべきだろうが。ああ、その前に目障りなアレを処理しなくてはな」
聖羅が視線を端で伸びている獅子蛇の悪魔に向けると、悪魔は一足で獅子蛇の首本に跳び、その首に両腕を巻き付けて力を込めた。
軋む音。咆吼をしようと大口を開ける獅子の顔は赤く染まっていき、空気の抜ける隙間もなく絞められているようで、声は出ない。
アレッタがなんとかして助けようと植物を手繰ろうとした瞬間に、頬に鋭い痛みが奔る。
「お前はこっちに意識しろ。他者に気を向けているほど、お前には余裕はないだろうが」
頬から血が垂れる。
しかし、その傷は深くはなく、すでに止血していた。傷も完全に塞がり跡も残っていない。
「一対一では私は貴女には勝てません」
「だろうよ。だが、私はお前を殺したいんだ。強い奴は殺す。弱い奴も殺す。最強という称号は私にこそ相応しいことを証明し、アダムをも殺して世界真理に至ってやる」
「聖羅、貴女の強さは殺すためのものじゃないでしょ! いつから、どうして、そんなに歪んでしまったの! 幹久君や香織さんだって、貴女は守りたいと言っていたのに、どうして殺したの!」
「響かんぞ」
聖羅はとうとう歪んだ笑みさえも消し、無表情で、無感情に、アレッタを見る。
「どうでもいいことだ。過去に死んだ奴に興味は無いんだ。私は未来を見据える。世界真理に至った私をな」
こんばんは、上月です
ちょっと間が空いてしまいましたが、なんとか投降できました。
次回は22日の21時を予定しております