極花1-6
互いに重傷を負う。
聖羅の執刀魔術で損傷部位を即座に執刀させてしまい、アレッタは損傷部位を過成長させて治癒させた。
不老不死の身体と超回復力による恩恵は、延々と繰り返しの死闘を継続させていた。
しかし、この永久的に続けられると思われる殺し合いにも終幕は訪れる。魔術による抵抗力を失えば、嬲られるだけの肉と化す。
魔力純度で比較した場合は純白色の魔力を有するアレッタに軍配が上がるが、魔力量で見た場合は聖羅に軍配があがる。
拮抗による長期戦は稲神聖羅にこそ有利へと導く。
「どうしたァ? 魔術にブレが見え始めたぞ。おいおい、枯渇するにはまだまだ早いだろうに。良いことを教えてやるよ。お前は初めから魔力を使いすぎる癖がある。確かにお前の魔力量は一般の魔術師と比較して膨大ではあるが、それ故に底が無いと錯覚しているのだろう。そこに合わせてお前は周囲への被害を恐れるあまり短期決戦に持ち込もうとしている。だからだぞ、クク、私相手に貯蔵を空にするんだ」
「確かに……、貴女の言うとおりかもしれません。ですが、意味も無く馬鹿みたいに飛ばしていたわけじゃありません!」
「ほぅ? 私には馬鹿みたいに消費して消耗しかけているようにしか見えんがなァ?」
聖羅は嗤う。
嘲笑う。
「無抵抗なお前を切り刻む魔力を取っておかねばならん。クク、服を切り裂いて、辱めながら生き地獄を味合わせてやるよ。そして首を柊の墓前にでも供えてやろうかァ? それとも、お前を生かす為に死んだ無能の……、ああ、思い出した。ヨゼフィーネだったなァ。いい魔術理論だったのに、本当に勿体ない。その馬鹿の遺骨にキスでもさせてやろうか?」
「聖羅ッ!!」
アレッタは地面に手を付いて聖羅を睨む。
「お前一人で何が出来る? 存外つまらんものだ。アレッタ・フォルトバイン。面白いのは初めだけで、こうも簡単に屈して手を付くか」
「ええ、そうね。貴女の言うとおりよ。でも、誰が私一人ですか?」
「なに?」
アレッタは地面にクシャッとさせた紙を広げて敷いた。
「契約者の願いに応え、我等、門の守護者、不要な因子を還らぬ扉の向こうへ送呈する者」
紙面が発行し煙があふれ出す。
その煙から現れたのは、荒々しいタテガミを備えた獅子。しかし頭部から下は大蛇そのものであり、かつてヨゼフィーネが一時的に契約していた上位悪魔の一体だった。
一瞬でその全長は花の楽園を覆い、獅子の牙が聖羅に向けられた。
流石の聖羅もこの悪魔に、というよりもアレッタが悪魔を呼び出したことに驚きを見せた。しかし彼女の思考の切り替えと対応力は素早く、悪魔相手に数百万もの不可視執刀の刃を放つ。
悪魔界の中でも四番目に位置するその存在を退けるには、聖羅の刃は足りなかった。数百万の刃は悪魔の肉を執刀するが致命傷には至らなかった。
「チィ、また面倒な化け物を呼んでくれたものだなァ!」
吠える聖羅に合わせて悪魔が雄叫びを上げた。
その身体に不釣り合いな赤子のような耳に響く声。
その巨体を器用に縮ませたかと思うと瞬く間に聖羅に飛びかかった。聖羅は一瞬たりとも悪魔を、その眼から視線を外さずにいたせいで行動を読み取っていた。
ナイフを一直線に振り下ろした。亀裂の入った空間にその身を滑り込ませて悪魔の一撃を回避する。アレッタはすぐさまこの楽園全体に視線を馳せる。聖羅がどこに空間の出口を作るか分からないからだ。
「見つけました」
悪魔の頭上によく見なければ分からない一筋の亀裂。その隙間から聖羅が飛び出して悪魔の頭部に着地しようとしていたが、アレッタは植物を動員させて聖羅を捕らえようと試みた。
「邪魔だ!」
聖羅の振るうナイフから放たれる不可視の刃は、アレッタの魔術恩恵を受けた植物たちは無残に切り裂かれた。しかし、その残片が彼女の目に入り、一瞬だけ視界を
奪った。
「ヨゼフィーネ様。力を貸してください!」
身体を器用にうねらせて頭上の聖羅に顔を向け、大きく開けた口から蛇のように細く長い舌を伸ばした。聖羅の身体に巻き付くと、彼女を喰らおうと下を引っ込めていく。
魔術師は集中力を欠くか、魔術媒体を失うと魔術を扱えなくなる。
身体の自由を奪われた聖羅はナイフを振るえない。
しかし聖羅もまたこの状況に対応策を即座に用意した。
「空気に摩擦の意味を持たせる!」
聖羅の身体がまばゆい光に包まれた。
何が起こったのかなんて問うまでもない。
聖羅の皮膚は焦げていたが、彼女を拘束していた舌もまた焦げ臭さを漂わせて黒煙がゆらめいていた。
「まさか、自分に電気の魔術式を!」
拘束が緩んだ聖羅は身をよじって逃れ出た。
上手く着地できずに体勢を崩して倒れた聖羅だが、すぐに執刀の魔術で傷一つもない綺麗な身体に戻る。
「どうしてお前が、その悪魔と契約している? どうやってお前が上位悪魔と契約できた?」
「この子はヨゼフィーネ様に忠義を尽くしていたようです。彼と契約する際にこれを見せたんです」
アレッタは耳に付けたヨゼフィーネの遺品である赤い小さなイヤリングを見せた。
「なるほど。お前がヨゼフィーネの意志を継いだ証か。納得がいったよ」
こんばんは、上月です
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