魔術師としての初任務1-3
青臭さが漂う深山を抜け、人工的な建造物がちらほらと田園風景に姿を見せた。
アレッタが外世界と接触したのは、これで二度目だった。
一度目はフォルトバイン家を追い出された日。あの時は完全な孤独と不安で、自分の殻に閉じ籠り、風景を記憶させる余裕もなかった。
だが今は違う。
自分を受け入れてくれている先生がいる。自分は一人じゃないという安心感は、過る恐怖に塗りつぶされ易いが、それでもアレッタを優しく包み込んでくれている。だからこそ、今見ている風景も美しく感じられるのだ。
「ずっと屋敷内に籠っていたからね。どうかな、アレッタ。外界の景観は」
「初めて見た時よりずっと……とても、綺麗です」
まだ喩えの言葉を多く知らないアレッタは、目前に広がる牧歌的光景を、単純に綺麗の一言で片付けてしまうことを勿体なく感じた。
もっと知識が欲しい。もっと自分の知らないことを学びたい。自分の知らない事がないくらいの識者へと成長した自分を夢想したりもする。
「柊様は、いい年をしてまともに働こうとしませんからね。運営業務はクラウス様や、ヨゼフィーネ様に一任して」
「クラウス殿にも遠回しに言われたよ。運営管理なんて僕には向かない。僕はただ、花達に囲まれて静かに暮らしたいだけなんだ。もちろん魔術師としての世界真理も追い求めるけどね」
「つまりは、好きな事だけして生きていたい、ということですよね」
「あはは、そう言われると否定はできないね」
前部座席からの楽し気な会話を耳にしながら、人工物が増えていく景色を遠慮がちに堪能していた。
人は怖いが、人が作る知と技の粋は見ていて心動かされるものがあった。遠くの丘に建つ風車は、吹く風を動力源として別熱量を生産する。その見た目は効率的かつ芸術性に富み、人類が試行錯誤の末に辿り着いた一つの究極系だと感心した。あの形に辿り着くまでにどれほどの歳月と人々の苦労があったか。アレッタには想像もつかないが、これから先の時代もきっと人の為に羽を回し続けるのだろう、と微笑ましい気持ちに頬が緩む。
「人は成長しますからね。この先、もっと良いものが産み出されるかもしれませんよ」
バックミラー越しに風車に感心していたアレッタを見て、感慨深そうに言った。
「かも、しれません。新しい物が出来たら、古い物はどうなりますか?」
「そうですねぇ……時代に取り残され、忘れられるかもしれません。これは、常に目新しい物を欲する世界の――人の業というやつでしょうね」
古い物は淘汰され、新しい物に感心が向く。
アレッタはあの風車が必要とされなくなる未来を受け入れたくはなかった。
それは自分がそうであったから。家名と名誉に妄信的な父によって、愛情も無く生み出された自分は、新しく優秀な種を見つけた途端に、まるで欠陥品を投棄するように家から追い出された。
「ですが、まぁ……中には文化遺産とか、そう言った貴重価値を見出されて、後世まで保管されることもありますからね。そうですよね、柊様」
アレッタの落ち込み具合に失言をしてしまった、とフォローを入れつつ、彼女が信頼を寄せているであろう柊に話を継いだ。
あとはお任せしました、という姿勢で運転に全意識を向けた。
後部座席で眉間に小さな皺を寄せているアレッタを諭す言葉を模索し、一呼吸を終えた程で導き出した。
「そうだね。なにも新しい物だけが良い物とは限らないよ。古き良き時代、古き良き文化や風習は、時が経つにつれて人々に再認され、当時の価値以上に評価されるものなんだ。人の人生がいい例かな。過去に魔術師という道に足を踏み入れた僕がいるから、今の僕がいると同じで、あの風車も今が在るから、将来の発展……アレッタの探求理論で言うと、成長を築かせてくれる。アレッタも、昔があるから今が在って、今が在るから未来があって、将来、アレッタが今の自分に満足していたら、それは過去のアレッタのお陰でもあるんだよ」
柊の一語一句を正確に頭の中で反復させ、その言葉の価値と理解を自分に刷り込んでいく。新しい価値観。新しい主観はアレッタの中で既存の常識と折り合いを付け、土壌に水が染み込んでいくかのように自分の成長という種に吸収していく。
知識量と価値観はものの捉え方と考え方の幅が広がる。
「過去が在るから現在がある、ですか。良いことを言いますねぇ、流石は柊様だ」
「こら、僕の教え子が真剣に考えているんだから茶化さないでくれよ。あくまで僕の持論だけどね、アレッタがどのように捉えて吸収し、種を芽吹かせるかは、アレッタの持つ価値観と知識によって如何様な花も咲かすよ」
「生憎と俺は、言葉通りにしか捉えられない、教養のない人間というわけですか?」
運転をしながら横目で柊を見て、冗談交じりに偏屈な言葉を投げかける。当然、柊はやんわりと自虐を否定し、困った生徒に言い聞かせた。
折り合いの目処が立ったアレッタの意識は現実へと返り、バックミラーに映るキルツェハイドが頬を赤らめて、照れ笑いをしている姿に疑問符を浮かべて小首を小さく傾げた。一体なにがあったのだろうか。アレッタは視線をキルツェハイドから柊にずらすと、背後に小さく振り返った柊が意味ありげに微笑んだ。
「僕は自慢の親友と教え子を持てて、幸せだよ」
それだけを言って再び顔を前へ向けた。
何の事だろうか、とアレッタに更なる疑問が上乗せされた。
車は土草の道から石造りのガタガタとした道に乗り上げ、思考している間に気付かなかったが、周囲は田園風景から近代的な造りの小さな町へと到着した。
こんばんは、上月です
次回の投稿は6月2日の21時を予定しております!