極花1-4
瞼を擦りながら目を開けるとリビングは暗かった。
窓から外を見ると星が満点に輝いてまん丸の月が頭上に上がっていた。どうやら寝ていたようだ。
見ていたのは過去の夢。
大切な人との出会い、別れ、成長。
産まれてから二十数年間の記憶をたった数時間の夢で辿った。
「はぁ……。今年も、いいえ、今年で最期にするべきでしょうか」
この花の楽園を閉じるべきかどうかについてだ。
正確には閉じるのでは無く、他人に譲渡して面倒を見て貰うという考えがある。というのも、アレッタも次代を担う魔術師たちの中から弟子を取ろうと考えているからだ。
十数年前まではAAランクはアレッタ、クラウスのみで、聖羅はSランクだ。
運営業務や依頼などで人手が足りなかったが、ここ最近では有能で信頼のできるAAランクが自分とクラウスを含めて五名。
無限書架の魔術師、ルア・ウィレイカシス。
無限視姦の魔術師、ミラ・ティリーシア。
無限星軌の魔術師、マリンナ・クォーツ。
この三人には将来に期待している。その中でもルア・ウィレイカシスは群を抜いて才能の塊と言って過言では無い。魔力の純度と量、この世の書物から知識を集結させて世界真理を識るという魔術理論から構築される魔術は応用が利く代物となっている。
そのルア・ウィレイカシスは現在日本の世界の歪みの調査に向かわせている。
「聖羅、あなたの残したお弟子さんはきっと貴方に届くわ」
アレッタは立ち上がって屋敷の外に出た。扉はしっかりと施錠し、月光に照らされる薄暗い花の道を歩く。正門には車を停めている。
しかしアレッタは中程で足を止めた。
草花が風に揺れている。
アレッタの視線は周囲の草花に向けられていた。彼らの纏う色が赤く染まっているからだ。赤は怒りを表している。風に乗ってきた異質な臭いの正体を探り当てて左側に身体を向けると、暗闇に紛れて人の影がぼんやりと浮かんでいる。
「誰ですか? ここは私有地ですよ」
異質な雰囲気からして迷い込んできた一般人ではないことは確か。そんな相手に優しく問うことはせず、責める口調で睨み付けた。
「クク、数年ぶりだというのに随分な言い方じゃあないかァ?」
空気に発光の摩擦の意味を持たせて上空へ向かって放つと昼間のように辺りは照らされた。
「聖羅!?」
こんなところにいるはずがない。
いや、生きているはずがない。
殺したのだから。
AAランク総出で人間を止めて修羅に墜ちた彼女を徹底的に痕跡も残らないくらいに抹消したはずだった。
「言っただろう。私もお前と同じ存在になったんだよ。クク、不老不死の魔術師になァ!」
彼女の歪んだ笑みはいつも愛嬌があったが、不老不死となってしまった彼女のソレは本当に歪んで見えた。
「私になんの用ですか。いえ、聞くまでも無いですね。殺しに来たのでしょう?」
「お前は相変わらず頭が固いな。殺す? どうやって? たとえみじん切りにしようとも死ねぬ身体の化け物が、どうやって死ぬというのだ」
「ならば永遠に痛めつけて飼い殺しにするためですか?」
「それも面白いが、私の求める近道は最強の二文字のみだ。お前を徹底的に叩き潰して私は最強へと近づく。お前の次はクラウスだ。その次はルアかミラ、もしくは存在感の薄いミランナかァ? クク、魔術師だけでは終わらぬぞ。執行会、飢えた狼、魔法使いのすべてを殺す。その先に私の真理が見えるのだからなァ!」
「変わってしまった貴女を止めます」
「おお、おお、統括者様がやる気になってくれて、こんなに嬉しいことはないぞ。それに、あの二人の子供を殺す楽しみがある。名門の地が交じったガキをなぶり殺すその瞬間はさぞ快楽なのだろうなぁ」
狂人の笑み。
超越執刀の魔術師がナイフを抜き、卑しく妖しい紫色の文字がナイフの腹に浮かび上がる。
「誰一人として貴女には殺させません。親友の私が貴女にしてあげられる最大の協力です」
「阿呆が。誰がそんな協力を望んだ? 一度その考えの固い脳を執刀してやろうか」
植物たちが鋭利に固くした先を聖羅に向けて囲んだ。
こんばんは、上月です
次回の投稿は25日の21時に変更します。