極花1-2
アレッタは溜息をついた。
夢から覚めた気分、いいや、実際には寝ていたのかもしれない。デスクの上にある書類の幾つかを手にとってザッと目を通す。全国から集められている依頼書や魔術師達からの報告書だ。
毎日の繰り返し。
アレッタが席を立つ時は、誰かを殺すとき。
内線電話が鳴った。
「はい。アレッタです」
電話の相手は稲神聖羅だった。
これから聖羅は日本へとまた任務に向かうついでに、実家に顔を出すのでしばらくは戻らないとのことだった。おおよその日数を聞いてから、彼女の穴を埋めるために他の人物、といってもAAランクの彼女の代役を務められる人物なんて片手で数えるくらいしかいない。
窓の外を見ると夜が明け始めている。
山々の凹凸に沿って陽光が白く縁取っている。
「おい、アレッタ」
珍しく不安がる彼女の声に違和感を覚えた。受話器の向こうで息を呑む音。
「何度も言われて鬱陶しいと思うかもしれんが何度も言うぞ。根を詰めすぎるな。そうだな、お前が良ければ一緒に日本に行くか? いつかの約束があるだろう」
「聖羅。私は大丈夫よ。それと、ありがとう。珍しく貴女の声が弱々しかったから何事かと思ったわ」
「たぶん私が戻る頃に、私宛に荷物が届くはずだ。私の部屋にでも投げておいてくれ」
「ええ、了解よ」
聖羅の声を聞いて気分が落ち着いてきた。眠気もだいぶ収まってきた。
上に立つ者である以上、下の者に心配を掛けさせるわけにはいかない。たまには気分転換をしてみようと思い、机上に積まれた書類から視線を外して受話器を置いた。
「聖羅は一ヶ月は日本、と。私は……」
そこで思い出した。
柊春成との思い出が詰まっている花の楽園に囲われた屋敷を。もう三ヶ月も戻っていない。その間の花々の世話はキルツェハイド。トールマンに任せっきりだった。
だがしかし、彼と過ごした屋敷までここから急いでも半日は掛かる。
「失礼するよ。アレッタ殿」
咳払いをして入ってきたのはもう一人の統括者、クラウスだった。
「クラウス殿、どうされましたか」
「いやなに、最近のアレッタ殿を見ていると、なんとも不安になってなぁ。業務は儂に任せて一週間は休んだらどうだ? というより、休みなさい」
「一週間なんて、クラウス殿にも仕事が、それに探求の時間だって」
「儂には有能な知り合いが多くてな。書類作業なんてちょちょいだ。天国の柊殿やヨゼフィーネ殿を心配させるものじゃないよ」
二人の名前を出されるとアレッタが何も言えないのを知っていて、クラウスはあえて二人の名前を出した。二人の名前を出すのは本当にアレッタが危ういと思ったときだけ。それほど彼女の多忙な毎日は周囲からして見ても心配になるものだった。
アレッタは言われるがままに一週間の休暇を申請してから、古城の裏手にある駐車場に停めてある、赤いスポーツカーに乗り込んだ。ヨゼフィーネから譲り受けた愛車の手入れも最近では手が回っていなかった。ちょっとフロントガラスが汚れていた。帰って来たら洗車をしようと決めてエンジンを吹かした。
悪道は大きく車体を揺らす。
こんばんは、上月です
次回の投稿は7月4日21時を予定しています