極花1-1
アレッタは暗闇の中、少し目が慣れて周囲状況を把握すべく辺りを見渡した。
嗅ぎ慣れた人間の中身があらわになった時の悪臭が、自分の息切れる吐息が遠くまで反響するひらけた空間に立ちこめている。
「もういい加減にしてほしいですね」
苛立つアレッタ。
ただ自分たち魔術師は世界真理という学問を探求していたいだけ。それだけの願いも理解しあえない種族の人間にとって排除すべき余計な好奇心でしかないのか。
「お前は本当に変わったな。修羅だぞ」
近くから親友の呆れた声。
背後が明るくなり自分の影が前方に伸びて揺れている。影が通る床にはいくつもの白い修道服を着た男女の屍。無残に千切られ、潰され、擦られ、養分を吸収されて干からびているものばかり。
「そうね。私はもう人類にとって危険な存在だから仕方ないのかもしれない。そう思うでしょ、聖羅」
アレッタは彼女に振り返ると、赤茶色の瞳がジッと見返していた。
「不老不死か。死者蘇生と並び魔法でもなしえない神秘にお前は至ったんだ。だがそれがどうだ。次第にお前から昔のような馬鹿さが無くなった。面白みも無いマシーンにでもなったようだよ」
「ええ、そうかもね。これでも自覚はしているの。だって、人を殺すことに心が痛まなくなってしまったんだから、私は化け物よ」
「クク……、笑えん冗談を真顔で言うな。確かにその在り方はもう人では無いだろう。だがな、いいか、アレッタ。お前が魔術師であり、私の親友であることには何ら一切関係のないことだ。違うか?」
「どうなのかしらね。聖羅、私が怖いでしょ?」
「怖い? 私が怖いのはお前がこのまま誰かになってしまうことくらいだ」
「誰かって?」
「私が知るか。誰かと言ったら誰かなんだろうよ」
聖羅はアレッタを睨み付けてから地面に転がる死体の山を一瞥した。
「こいつらも本当に馬鹿ばっかりだな。死んだか神様の御許だと? 頭のネジ云々以前に情報回路がバグってやがるんだな。ほら、こんな場所にいても時間の無駄だ。仕事は終わったんだ、帰るぞ。私は帰ってお前に付き合って寝不足を補わなければならんのだ」
「ごめんなさい。帰ったらゆっくり休んで」
自分で発言してから、ここまで感情の籠もっていない声を自分はしていたかと疑問に思った。
聖羅の明かりに付いていく。
何処かの山の麓にある村の協会の階段から地上へと出た。外は夕暮れだった。人間の血よりかは綺麗であるその色合いに並ぶ聖羅の髪がキラキラとした赤茶色に揺れていた。
「お前も帰ったら休めよ」
聖羅は一言そう言った。
しかしアレッタは彼女に何も返さなかった。返せなかった。自分に休んでいる暇は無い。セイメイの寿命を克服して永遠の時間を有していても、限りある命を持つ彼らが満足に探求できる時間を作ってあげなければならない。そのための保証もしてあげなければならない。だからこそ余計な因子は摘み取らなければならないのだ。
死なない自分が適任だ。
死なない自分は後回しだ。
村の入口に隠すように泊めていた聖羅の愛車に二人で乗り込んだ。しばらく人間の手が入っていない悪道を日本製の車は軽々と進んでいく。
「私はいつ死ねるの?」
無意識の呟きに横目で聖羅が此方を見たのを感覚した。
「さぁな。誰もが憧れる不老不死だ。今は長い先のことなんて考えるな。今を考えて、歩くべき道を模索していろ。つか、眠いのに運転するのも面倒だぞ!」
「変わる?」
「いや、いい。そんな眼をした奴に運転なんて任せられるか、余計に気疲れする」
アレッタはサイドミラーに目を向けた。
自分が映っている。長く艶めいた銀の髪が細く小さい顔の輪郭に沿って流れている。銀幕の隙間から覗いている紫色の瞳は養分を求めて乾く、いいや、乾ききって死んだような植物のような眼だ。
こんばんは、上月です
次回の投稿は27日の21時か22時くらいを予定してます