普遍花1-18
未知は目の前に。
限界の先に見える世界を求めて。
いいや、そもそも限界などと定義することは成長を妨げる要因に過ぎない。段々と頭が空っぽになっていく感覚は、恐怖心や危機感をマヒさせる程よい麻薬のようでいて、プツリと最後のストッパーが外れると、純白の魔力は体内と外界の境界線を大きくこじ開け世界を侵した。
純白の魔力を栄養として植物が天上に伸びて天蓋を作る。夜空を覆い隠すほどの広域に。
アダムはチラリと頭上を一瞥して、人間の常識を踏破し、人という限界を振り切った怪物へと視線を移して微笑んだ。
「まだだ。まだお前は成長する」
「余計な事は考えてはダメ。ただただ求めなさい。描きなさい。超越者としての自分と、世界真理に近づいていく自分を」
アダムの言葉はアレッタには届いていない。
高揚感で心臓が破裂しそうなほど耳障りに拍動を繰り返している。
耳から、眼から、鼻から、毛穴の一つ一つから血が噴き出しても、アレッタは嬉々として魔術の展開へと意識を向けていた。外界は全て雑音で、目に映る世界は純白の一色。
アレッタは魔術の完成を知覚すると、ゆっくりと力なく掌を天へと向けていた。このことに何の意味があるのかなんて考えるのは無意味。必要だからやっている。ただそれだけのこと。
掌を返して腕を振り下ろした。
合図。
天蓋が侵略者のように根を地に伸ばし初める。地中に深く突き刺さると、もはや直径二十メートル程の根たちは蠕動しながら拍動を始めた。
世界の養分を吸い取っているのだ。
こんなことに意味はあるのか。
あるからやっている。
すると、アダムの身体に一瞬だけ、ノイズが奔った。
「考えるのでは無く、本来持つ動物の直感が時には役立つ」
「本体を直接滅せる策は認めよう」
「でも」
「だが」
二人のアダムは指を鳴らすと、徐々に根が細くなっていく。
吸収という業はアレッタより、世界の膨大な吸引力のほうが格段に上。
「まだです! もっと私は成長します。見ていてください、柊先生」
アレッタは血塗れの顔で笑う。
その表情は常人を乖離した狂人のもの。
さらなる魔力を沸き立たせると、左腕が弾け飛んだ。
次いで右足も破裂した。
体勢を崩して倒れる寸前に欠損した断面から植物が生えて足と腕の代わりとなる。もはや人間ではないその姿は異形に近く、開ききった眼の紫は異様で妖しげな光を孕んでいた。
「私は護ります。大切な仲間達を、誰にも壊させたりはしません!」
独り言を叫びながらアダムを生えた植物でなぎ払った。
吹き飛ぶ二人のアダムは地を転がり土煙の中に姿を消したが、直ぐに欠損もなければ痛みを感じていないように歩いて姿を現す。
アレッタは続けて吸引と殴打の速度を上げて責め立てる。
アダムは魔術式と魔術によって生み出した武器を手に植物を破砕して斬り捨てていく。
「でも、このままだと壊れるわ」
「壊れてはつまらない」
「不慣れな力に押し潰されるのは愚行」
「本日は終いだ」
男性のアダムに続いて女性のアダムがアレッタへと距離を詰めに行く。押し寄せる植物はもはや壁。それらを難なく払う男性アダムは急停止して剣を大上段から振り下ろした。
壁が割れる。
女性のアダムが裂けた隙間に飛び込み、掌をアレッタの頭を鷲掴んだ。
「おやすみなさい、アレッタ・フォルトバイン。目が覚めたらまた頑張って」
小さく笑ったアダムを消えゆく意識の中アレッタは見た。
意識はふんわりとした無意識の底に沈み、大海を漂うクラゲのように心地の良い気分で眠りについた。
こんばんは、上月です
次回の投稿は20日の21時を予定しています