普遍花1-16
このアダムが何度も見たアダムだった。
これまで会ったどのアダムより人間味を欠如したような眼をした女性。身長は高く、細い輪郭に沿って流れる髪は黒く、彼女の陰鬱さを増しているよう。
「貴女は最終段階に至った。貴女を完成させるのは私の役目」
「相変わらずですね。よく分かりません」
これまでのアダムの中でも一番特異であり、意思疎通に苦労をしそうな相手。アダムはアレッタの頭からつま先を一度だけ視線を馳せて見た。
悪魔使いの言葉が脳裏を過ぎる。
アダム・ノスト・イヴリゲンは多くの世界を生み出し、同じ数の世界を消滅させてきた。彼らはアダムを殺すべく命が生み出される度に世界に侵攻し、アダムに毒牙を突き立ててきた。
毒の重ね塗りの先に生じる崩落の為に。
アレッタはアダムの守護者だと言っていた。
この存在を守らなければまた世界が壊され、新しい世界を生み出す。
世界の、宇宙の人生はアダムの逃避行によって形を変えていく。
「その前にお聞かせください、アダム創始者」
「なに」
淡々とした声。
「悪魔使いは貴女に、これまでのアダムたちに毒牙を突き立ててきたと言っていました。貴女が敗北する度に世界を作り替えてきたと。私は、私たちは貴女の守護者だと」
「覚えていません。今の私は今の私の記憶しかない。私以外の私に興味は無い。意味も無い。ただ、世界の外側にこそ本当の真実がある、という共通認識は私たちの中、魔術師としての理論の根幹にある」
自分一人で完結する彼女は他人というのはあくまで他人であり、彼女の中でそれほどまで価値はないのかもしれない。
「私を完成させるとは?」
「悪魔使いは邪魔。できれば私も何度も世界を作り替えたくはない。とても面倒だから」
「だから私を強くして駒に使うということですね」
「そうよ」
否定はしない。
眠そうな目がアレッタと視線を合わせた。
「だから完成させる。貴女も自分の住む世界を壊されたくはないでしょ? それとも、やり直して柊春成やヨゼフィーネを生き返らせる? 望むなら、この世界で私が同じモノを作り上げてあげる」
「ふざけないでください! 命の冒涜です! 亡くなった人は蘇らせちゃいけません。貴女には人の倫理が」
「分からない。人によっては蘇らせたい人もいる。身近な人の死が、自分の人生に大きな影響を与えることもある。絶望に潰され、一生をただ息を吸って生きるだけの人形のように生きる者もいる。どうして、貴女は蘇生を望まない?」
「私は託されました。魔術師として成長することを!」
「私の問いには満足な回答ではない。まあいい。どうでもいいこと。貴女と一つになったソレに刺激を与え、貴女にはさらなる成長を促す」
アダムの背後の空間が渦を巻き、そこから現実には存在しない、空想の創造物である西洋竜が二体、顎に生えそろえた牙を天上に向けて咆吼した。
「ドラゴン……」
「貴女に相応しい相手。見込みが無ければ、彼ら諸共、この街を消し炭にする。悪魔使いの痕跡は私にとって不愉快」
ドラゴンは長い尾でアレッタをなぎ払った。
視認できる早さでは無い。
アレッタは腹が千切れ飛ぶような痛みはあるものの、実際には千切れず、遠く離れたビルに激突した。
常人であれば死んでいる一撃だ。
悪魔使いが呼んだ蛇共とは比べるべきでないほどの強さ。
しかし、これだけの一撃を受けて死んでいないし、怪我もそれほどまででないのは、神様と一つになったからか。
アレッタ植物に捕まって急ぎ公園へと戻り、多くの植物で西洋竜の拘束を試みた。地面から際限なく生えてくる植物を鬱陶しそうに噛み千切り、爪で裂き、尾で引っこ抜く。
成長を遂げたアレッタの魔術によって硬化し巨大化した植物たちは簡単にその場に捨てられていく。
赤く、赤く、赤く、植物たちが怒りの色に染まっていき、アレッタの胸の中にも荒々しい衝動が全身を打ち、引き攣る表情が嬉々として染まっていく。
こんばんは、上月です
次回の投稿は23日の21時くらいです