普遍花1-11
常世の槍先がアダムの心臓を捉えて閃光のように伸び、あと僅かな距離まで詰めた途端に、山羊頭は動きを止めて周囲を伺った。
「何処に消えた」
呼吸を整えてアダムの気配を探るが、居場所を特定できない。
隠れているのか逃げたのか。
「ちょっとした芸ですよ」
目の前に、互いの呼吸がふれあう距離で現れたアダムは、マジックを披露して観客がアッと沸かせた時のような満足げな表情をして、そっと彼の山羊の被りモノに手を伸ばした。
咄嗟のことで反応が遅れた山羊頭はその頭から被りモノを取り払われた。
「あら、なかなかに整ったお顔をされているのね」
東洋人の顔だった。
短く刈り上げた髪に焼けた肌をした悪魔使いは、忌々しそうに舌打ちをしながら槍を短く持ち直してアダムを突く。
「このアダムは苦手だな」
「私は貴方に好感を抱いていますよ。私側に寝返えさせたいくらいに、ね」
「御免被る!」
ヒラリヒラリと地を跳ねて全てを回避する。
常人の視界には映らないほどの速度で繰り広げられている。どちらも息は上がらずにいたが、アダムが身を屈めてバク転の容量で槍を蹴り上げて悪魔使いの大成を崩すと、いままでの子供のような目付きを一転、感情という無駄を削除したような無機質な緑色の眼で彼の槍を握る腕から首、眉間へと視線を移動させた。
「飽きました」
アダムは彼の右腕を握り、躊躇いなく引きちぎった。
吹き出す血。奔る激痛。次いでアダムは喉仏へと人差し指を突き入れ、第四頸椎と第五頸椎をだるま落としのように弾き飛ばした。
関節の連結を無くした悪魔使いの首はカクリと後方に垂れた。それでも彼は後方に跳び左手で自分の首を元の位置で支えて無理矢理力業で押し込んだ。
「ずいぶんと趣味の悪い」
「いいえ、試したの。マリオネットのように糸で操れたら、素敵な劇を披露できるでしょう。でもダメ、失格。使えない貴方はもう消すとするわ」
アダムは世界に対して魔術を展開した。
世界が捲れ上がる。
風景の切れ目の奥に広がる異界がペリペリと広がっていく。これまでと同じ魔術だが、その異界から巨大な眼がギョロリと覗いて悪魔使いを見た。
別世界からこちら側を覗き見るアレは使役する悪魔とは異なっている。次元が違う。あの蛇でさえ上位種に位置するが、アレはそんな次元や枠組みに収まる存在でない。
「異形や悪魔という存在はご存じね。悪魔が存在して天使が存在しない道理はないわ」
アダムは笑う。
歪んだ笑みで。
「天使に抱かれますか? 天使に愛されたいですか?」
これがこの容姿のアダム・ノスト・イヴリゲンの魔術。
これまでのアダムの中で一番危険だ。
しかし、その抱いた危機感はすでに遅かったこともまた理解した悪魔使いは、抵抗を示すことなく棒立ちで、捲れ上がった世界から伸びた肉塊のような白い腕に掴まれていた。
「さようなら」
「ああ、次の世界でまた会おう」
男の身体は握りつぶされた。
こんばんは、上月です
次回の投稿は11日の21時を予定しています