普遍花1-10
「その姿は、いつ、何処の、夢で見た自分だ?」
山羊頭は冷静に、怯える蛇共とは正反対な姿勢で聞く。
「さあ、忘れてしまいました。その質問に意味はあるのかしら」
「ないな。お前がどんな姿をしていようとも、アダム・ノスト・イヴリゲンに変わりはないのだからな」
「ええ、そういうこと」
「容姿が変われば、お前にとって別人であり、性格やもちろん魔術も変わってくるのだろう?」
「ご名答。でも、容姿はランダムではないのよ。貴方を相手して合理的に殺せる魔術を扱える容姿が選定されるの」
髪と同色の瞳を細めて微笑んでみせた。この世界の、ありとあらゆる世界を管理する守護神は穏やかな口調と表情に不釣り合いな薄ら寒い、危機感をジワジワと芽生えさせる冷たい言葉に、山羊頭はようやくこの存在を前に、一歩引いた。
「貴方を差し向けた外世界の誰かさんは、本当に私に固執されているのね。私を殺せる? 殺してみせる?」
「システムをシャットダウンさせるための、切っ掛けを作るだけの役割だ。もう何十、何百ではなく、桁の単位がわからなくなるくらい、俺達は派遣されてきた」
「そうなの? ごめんなさいね、私まったく覚えていないの」
アダムは過去の世界のことを覚えていない。
何が起きて、どういった経緯で世界を壊して、また世界を生んでいるのか。この姿だった自分はどういった生活を送ってきたのか。魔術を使うための魔術理論と魔術媒体だけはしっかりと丁寧に用意されている。
それだけ。それだけしかない。
本当の自分はどんな顔。どんな性格。男なのか女なのか。本来の魔術理論は。そもそも何のために魔術という仕組みを作り上げたのだったろうか。
まあいいか。
「切っ掛けって何をしてくれるの?」
山羊頭が何かをしようとするならそれには興味がある。その切っ掛けが自分にとっても吉となればいいと思うから。
「アダム、お前の中の核に歪む欠陥をこじ開ける。それが俺の、俺達の役目だ。お前の守護者たちを取り除き、お前にバグを植え込む。何回も何回も何回もだ。この繰り返しでお前は我が神に敗れ、その度に逃げて、俺達がまた派遣される。我が神はそろそろお前との遊戯に決着をつけたがっていてね」
「身に覚えのないことを、難しい内容で語られても理解できませんよ、お客さま」
この人はどんな顔をしているのかな。
興味はそっちに移行していて、どうやってあの被りモノを取り払ってあげようかを考えていた。
山羊頭は出現させた鞭で地面を叩くと、蛇たちの動きはピタリと静止したかと思うと、獰猛に大口を開けてその牙をアダムに向けた。
「楔を打つには俺も全力で挑まねばならない」
手に持っていた鞭と剣を消失させ、あたらしい召喚陣からは一本の、二股に分かれた槍を取り出す。
「それで私を突くのね」
「そうだ。これは悪魔ではない。常世の時代に神々が創り上げた神器の一つだ。お前の常識はこれには通用しない」
矛先をアダムに向けると、蛇たちが長い首を交差させながら獲物に牙を突き立てようと俊敏に迫る。
アダムは地に倒れ伏すアレッタ達の位置を瞬時に把握し、彼らにその毒牙が向かないように大きく後退しつつ、空気に熱を持たせて高速回転させて摩擦を生じさせる。直ぐに静電気が発生し、瞬く間に膨大な電気が周囲一帯に青白い閃光が幾重にも奔り、蛇たちの全身を射貫いていく。
アレッタ達でも傷を付けられなかった蛇の鱗は弾け飛び肉を焦がしていく。しなやかな身体は硬直して小刻みな痙攣を繰り返していく。
アレッタは常に視線を山羊頭から離さずに見せた芸当。
「以前のお前は、もうすこしこの蛇に苦戦していたが、なるほど、過去の無意識下に記録していた記憶から、最善の人格をトレースしたというわけか」
「これは魔術式であって魔術ではないわ。魔力量や純度といった数値的なものは変わらずのはずだから、きっと性格や思考の方向性の差違が原因だと私は思うの」
無力化した邪魔な蛇にアダムは、この世界では使われない言語の詠唱を早口に、手に持ったチョークででたらめな線を引いていく。
「境界線」
うねるように引かれた白線がぱっくりと開き、異空間がその隙間に覗いていた。内側と外側を裏返すように蛇共の身体が内側に折りたたまれるように、捲れ上がっていく。
外と内が反転して、残るのは世界に引かれた歪み。
もう蛇はどこにも居ない。
「お客様も捲り返してあげるわ。その内側に何を秘めていらっしゃるのかしら」
山羊頭は彼女の流れるような芸当に、これまでの演じてきた彼女の中でそうとうに危険で、困難な相手だと悟り、槍を再び構え直して、一足で距離を詰めるべく地面を蹴り上げた。
こんばんは、上月です
次回の投稿は4月4日21時を予定しています!