普遍花1-9
宙に描かれた十三の召喚陣からそれぞれ、人間どころか大型トラックを丸呑みできる大口を持った白蛇が鎌首をもたげさせた。
金色の双眼が細められ、供物として捧げられた小さな人間たちを嘲笑っているかのようだ。
「これはまた馬鹿でかいものを出してくれたものだね」
エイヴィーはこの相手を前に臆することなく肩を竦めて見せた。
「大きければ強いというわけでも無いだろう?」
アレッタの魔術と同時にエイヴィーが炎の魔術式を繰り出した。
蛇の横っ面を硬化巨大化した蔓が打ち抜き、形を引き延ばした炎槍がいくつも蛇の鱗に突き立つが、物理的な一撃も熱もものともせずに唾液が滴る舌をうねらせている。
「アレッタ君の力任せの一撃を受けても効果なし。炎もダメ……、というよりはあの巨大な相手に火力が低いかな」
エイヴィーは距離を取りながら空気に切れ味を持たせた魔術式を放つが、分厚い鱗に阻まれた。
「ハミエル、お前も何か試してみてくれるかい」
後ずさりするハミエルもがむしゃらに系統豊富な魔術式を放っていく。これまで魔術を扱わない二人の戦い方から察するに、彼らの魔術が非戦闘向けのものだと、悪魔使いは把握した。把握したからこそ被りモノからくぐもらせた声で笑った。
「これを倒すのに、魔術師が人工的に造り出した神秘がこの悪魔に通じると思わぬ事だ。アダム・ノスト・イヴリゲンもつまらない役目の人を創りだしたものだ」
一匹の蛇がその身を伸ばしてハミエルを視界に捉えた。
「させません!」
蛇が大口を開けてその体躯に見合わぬが、やはり蛇の俊敏さで真っ直ぐ伸びたが、寸前の所で大樹を割り込ませた。
大口に噛ませられた大樹は、アレッタの魔術で硬化されているにもかかわらず簡単に砕かれ、再びハミエルを確認しようとその眼を見開くが、その場にハミエルの姿はなくキョロキョロと首を回した。
「大丈夫ですか、ハミエルさん」
「え、ええ……、はい、ありがとうございます」
身体に蔓を巻き付けられたハミエルはアレッタの背後に着地した。
蛇がハミエルをみつけると憤慨した様子でアレッタを睨み付けた。他の蛇たちは仲間が捕食に失敗した姿を見て笑いながら、次々と身体を召喚陣から伸ばして園内をグルリグルリと囲いだした。
「逃亡対策だ」
山羊頭の悪魔使いはもう一つ陣を展開すると、一本の剣が生えた。
「こんな形だが、これも悪魔だ。直々にアダムの駒を殺してみようと、興が乗った」
真っ白の細身の剣。
どうみても無機質なソレを悪魔だと彼は言った。
「アダムを殺すには不十分な剣だが、お前達くらいなら十分すぎる一体だ」
蛇たちが襲い来る。
アレッタは数万の枝先で迎え、串刺しにしようとするが、枝は口内を貫くことなく折れてしまった。
魔力を地面に叩き付けた衝撃で三人はその場から大きく後退しつつ迎撃をやすむひまもなく放つが、効果はない。それどころかどんどんと消費されていく戦況にアレッタの抱く危機は段々と色濃くなっていく。
消耗戦になれば、まずこの二人が先にバテるのは必至。そうなれば蛇たちに食われてしまう。
魔術師は頭を使って危機を脱出してきた。
こんな時だからこそ、いつもより頭を回転させて光明をみつけなければならない。
蛇の牙がアレッタの腕をかすめた。
「毒牙だ。お前は時期に死ぬ」
「私の魔術で解毒なんて……」
瞬間だった。
「……え」
視界がグルリと空を見た。
身体が軽くなってそのまま仰向けに倒れたと理解したときには、全ての音が消えて、夜空が白く霞んでいた。
残った集中力で直ぐに花の成分を配合させて生成した解毒薬を自分の身体に流し込んだが、わずかの効果もなく、思考がだんだんと鈍くなっていった。
エイヴィーもハミエルも牙をその身にかすらせて同じように倒れ伏した。
「統括者も想像以下だ」
その声には落胆の情。
「柊、クラウス、ヨゼフィーネという最大の駒で興じたかったが、うち二人は同胞が殺した。まあ、結局はその程度の実力でしかないか」
全てを終わらせよう。
しかしその時だった。
「……なに」
余裕に笑んでいた蛇たちが危機感を抱いて、恐怖に身を寄せ合っていた。
園内の中央部分が幾重にもブレて歪んだ。
歪みの中心から、少年と少女と赤子と老人と何百何千何万の容姿が重なって個人を持たない存在が現れた。
「アダム・ノスト・イヴリゲン……」
際限ない容姿から一つに落ち着くと、薄緑色のショートヘアをした少女の姿を見せた。
「こんばんは、別世界のお客さま」
こんばんは、上月です
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