普遍花1-3
茶色の長い髪を揺らしながら、その女性はアレッタの前まで歩いてきた。
ゆっくりと気品の漂う歩き方だった。
アレッタと同い年くらい女性は面白そうに口角を持ち上げながら、手を差し出した。
「これはこれは、私の得ている人物像と照らした結果、貴女はアレッタ・フォルトバイン統括者様ではないかな」
「はい、そうです。貴女は、えっと……、何処かでお会いしたような気がするのですが」
「そうなんだ。実は私もそんな気がしていてね。ああ、どこだったかな。夢のような曖昧な記憶だね。いかんね、いかんよ。若年性の痴呆かなにかなのかな。そんなことはどうでもいいね。初対面であろうと、そうでなかろうと、私がアレッタ君に対する接し方は変わりはしないからね。一応、名乗っておくとしよう。私は、エイヴィー・モーリアス。フランスで小さな魔術組織を管理している」
「エイヴィー・モーリアスさん」
何処かで聞いたことがあった。
もしかすると加盟組織の名簿で目にしただけかも知れない。しかしそれだけのこと。エイヴィーの言うように、初対面であろうとそうでなかろうと、自分と彼女に変化があるわけではない。
「して、一つお聞きしたいのだが、いいかね? 全ての魔術師を束ねる統括者であるアレッタ君が、どうしてこんな小っちゃくて成果も出さない組織にいるのかね? キミは何を頼りに選択して、ここへ来た?」
独特な口調とノリは聖羅に似ていた。
「仕事を終えたので、近くの魔術組織に顔を出そうと思っただけです。綺麗な魔力の流れに誘われて、この素敵な組織にたどり着きました」
「素敵? ああ、彼の趣味のことを言っているのだね。確かに素敵かもしれない。だけど、私には理解はできないね。彼の人生の選択が鮮明に表現された趣味の部屋にしか思えない。だけど、その純真な彼の心は確かに素敵だ」
「彼と会った時、とても大切な人に似ていたんです。好きなことに素直に没頭する方でした」
エイヴィーと会話をしていると、お盆にお茶と菓子を載せたハミエルが戻ってきた。一人増えた来客に目を丸くしたが、その人物がエイヴィーだと分かると肩を竦めて、手に持ったお盆をアレッタの前に置いた。
「どうぞ、アレッタ様。僕のおばあちゃんが送ってくるんですよ、この茶葉。でも、とても美味しいですので、是非」
「ええ、ありがとうございます。ハミエルさん。優しいおばあさんなのでしょうね」
ハミエルは子供のように頬を染めて大きく頷いた。
「おばあちゃんっ子に育ったハミエルは、実はマザコンでもある。おばあちゃんが好きなのか、お母さんが好きなのかどっちかに選択したらどうなんだい?」
「お母さんが好きなのも、おばあさんが好きなのも、私はどちらか片方だけを選ばなくてもいいと思いますよ。大切な人が一人でも多いのは良いことでしょう?」
「良いこと? まあ、そうだろうね。でも、その両者が崖から落ちそうだとしよう。片方しか助けられない。日本の諺で、二兎を追う者は一兎をも得ず、というものがある。二人とも助けようとしたら、二人とも崖底に落ちる。キミの手は一人しか助けられない。さあ、どちらを選択する? どちらに手を差し伸べる? ハミエル」
「え、ぼ、僕は……うぅ」
なんて意地悪な問題だ。
アレッタは反論しようと彼女の考え方を覆す為の道を模索すると、ハミエルが先に彼女の問題に答えた。
「三人で落ちると思います」
「心中を選択するか。私が提示していない、第三の選択だね。まあ、そういう手段もあるか。だが、面白くはなかったし、私が望んだ答えではないから、ゼロ点だよ」
アレッタは彼女の望む答えが分からない。
ハミエルもうんうんと悩んでいる。
「私の言葉をよく聞いていなかったようだ。非常に悲しいよ。情報は多く受信しなければ、選択の幅は狭まるよ。アレッタ君もどうやら答えを導き出せないでいるようだ」
「では、エイヴィーさんの望む答えとはどういうものですか?」
エイヴィーは残念そうに溜息を吐いた。
「まあ、いいさ。私たちは魔術師だ。手を差し伸べるだけが手段ではないよ。魔術を使うも良し、魔術式でも良し。契約悪魔を使役するもよし。自分の持ち札はいくらでもある。私は君の手は一人しか助けられないと言っただけだよ」
アレッタは狡いと強く反発した。
「崖にぶら下がる相手に、そもそも手を差し伸べるのも危険だけどね。自分も巻き添えになる可能性も高い。なら、自分が使える手段を惜しみなく模索し、効率よく、安全性の高い選択を行使すべきだよ」
正論ではある。
「ところで、ハミエル。例の任務だけど、どうする?」
こんばんは、上月です
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