悲しみを越えるべく1-7
どうしてこんな奴が魔術組織の本拠地に生息している。
この悪魔がその気になればこんな地下空間から抜け出すことも容易なはずだ。アダムの子供達という言葉にはどのような意味が。
アレッタは聖羅と注意を引きながら頭上の魔術陣を掻き消そうと奔走する。
「おい、悪魔。どうしてお前はこんな場所で引き籠もっている? いつからだ?」
聖羅の問いにオキニウスは憤怒の情を爆発させる。
「全てはアダムだ! あの魔術師が全てを改変させた。いつもだ。常にだ。何百何千では数え切れない程の世界を」
「意味が分からん! もっと分かりやすく言え」
アダムは聖羅の問いに答えたわけではなく、鬱憤を言葉にして吐き出しただけ。
だが、彼がこの場に留まるのはアダムが原因だということが分かった。
オキニウスと向き合った瞬間にアダムとの記憶が蘇ったことには、何か理由があるのかも知れない。聖羅もきっとそう考えたからこそ、この悪魔からアダムについての情報を引き出そうとしている。
「お前はアレか。アダムに飼われているのか? クク、契約ではなくて飼われているなんて哀れだぞ」
「俺は、俺はあの子娘を殺す! システムの分際で専門外にまで手を広げおった、あのバグだらけの小娘をッ!」
「システム? どういう意味だ」
聖羅は執刀を繰り返す。
「黙れ、アダムの子供め。俺を俺の世界から隔離したァ!」
オキニウスの拳が周囲を砕く。
支柱や壁なんか穴だらけだ。
このまま破壊活動をされると地上の古城はどうなってしまうか、なんて考えるまでも無い。多くの魔術師が生活している。倒壊なんてされたら多くの魔術師達が巻き込まれる。それだけではない。魔術師の総本山であり、象徴のシェルシェール・ラ・メゾンが崩壊したとなれば、世界中の魔術師たちを他勢力からの脅威に晒してしまう。
アレッタはオキニウスの動きを止めるべく、再び植物たちを集結させる。足りない分は地上からまかなう。
多くの植物が地鳴りを起こしながら地下へと集結した。
呼び出せるだけ呼び出したので全ての通路が塞がっている。逆に言えば自分たちの逃げ場もないような状況だ。聖羅は植物たちを呆れたように笑って見回している。
「ここで仕留めなくてはいけないぞ」
「そのつもりです」
物理的な破壊力を誇る植物と執刀の魔術がオキニウスへと向かう。
対抗する豪腕は不可視の刃を砕き、植物を引きちぎる。
内蔵や脳を直接切り刻む空間無視の刃も鬱陶しいといわんばかりに、オキニウスの能力のような神秘によって無効化される。
こんな相手にどうすればいい。
「ああ、今はこうしておくか」
「聖羅……? 何か言いましたか」
「植物で伸びてる二人を包み込め。私が合図する。そうしたら地上まで走れ」
「逃げるのですか? こんな危険を放置して」
「今まで何事もなかったんだ。逃げ切れれば此方の勝ちだ」
悔しいがまだアレには勝てない。
そうだ。戦って勝つ必要は無い。本来は迷い込んだ魔術師達の捜索だったが、もう手遅れだった。脅威の原因がそこにあるのなら取り除くに越したことは無い。しかし、無理してまで取り除いて被害を大きくするのは得策ではないのだ。きっとアレはこの地下から出ることは出来ない。アダムの力が働いているのだろう。ならば、逃げる。
聖羅が二箇所に執刀の刃を放った。
一撃はオキニウスへ。もう片方は通路を封じる植物へ。
アレッタは即座に香織と幹久を蔓で包み、一本の通路へと走り込んだ。
ひたすら前へ。
振り向かず。
螺旋階段が見えてきた。
「……聖羅?」
出口を目前に安堵したアレッタは走りながら背後を振り返った。しかし、その場に聖羅はいなかった。
何かあったのかもしれない。
聖羅の元に戻ろうとしたが、統括者としての責任がある。
香織と幹久を安全な場所へ運んでからだ。
植物たちを先に螺旋階段を登らせ、アレッタは元来た道を戻ろうとした時だった。
通路の奥から何かが投げ込まれた。
「聖羅」
右脇腹を抉られた聖羅だった。
こんばんは、上月です
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