悲しみを越えるべく1-3
あの日を境に親友は変わってしまった。
統括者としての業務に没頭し、敵対組織の監視などと、多能のアレッタから表情から温かみが抜け落ちていく日々に心を痛める二人は、どうしたものかと頭を悩ませていた。
彼女の部屋の扉の隙間からアレッタの姿を見る。
六時間前に覗き見た時とまったく同じ姿勢で、机に積まれた書類作業を処理していた。
「幹君、アレッタちゃんなんとかならない? このままだと、壊れちゃうよ」
「うん。分かってはいるけど、僕等の言葉に耳を傾けてくれるか……」
ヨゼフィーネと柊の二名を失った。
その両名と共に居たのがアレッタだった。
組織内で一部の者はアレッタを死神だと噂しているのを、津ヶ原幹久と久世香織は知っていた。もちろん、アレッタ自身も知っているだろう。
最近はいつもの四人で集まってゆっくりと過ごす時間もなく、稲神聖羅も任務でしばらく戻ってこない。戻ってきたとしてもまた任務で長期間出てしまう。彼女が受注する任務は全て危険なもの。歪みの調査、飢えた狼や執行会の対処。帰って来る度に聖羅も少しずつだが変わってきているように二人は感じた。
アレッタと聖羅が自分たちから離れていくような感覚は、日に日に増していく。
「幹君、私に良い考えが浮かんだよ!」
「え……、なんか、嫌な予感」
「ん、なぁに? 何か言った?」
「きっと隙間風の音だよ。それで、いい考えって?」
拳を握る香織に幹久は顔をぶんぶんと振った。
香織の良い考えというのは、良識を備えた幹久の顔を引き攣らせるものだった。諸手を挙げて賛成はできなかった。むしろ反対の意を唱えるべきだったのだと後悔したが、後悔した頃には有言実行の香織はすでに廊下を走り去っていった。
取り残された幹久はその場で頭を抱えてうずくまった。
香織の考えというのは、シェルシェール・ラ・メゾンに伝えられる都市伝説を利用した作戦だった。過去にもその都市伝説の一つを解明しようと、四人で禁忌を破って立ち入りを禁止されている場所へと足を踏み入れて恐ろしい目に遭った。
都市伝説というよりはもう実際に存在する危険だ。
人類が容易に足を踏み入れてはいけない領域がある。
婚約者の突飛な思いつきにはいつも振り回されているが、今回は危険の度合いが幹久にとって最上級だった。
「ああ、もう、どうすればいいんだろう。はあ……、将来産まれてくる子供は、僕に似た落ち着きのある子供だったら嬉しいな」
津ヶ原幹久と久世香織は親同士が決めた許嫁だった。
魔術師として正道を歩む津ヶ原と邪道を久世家。
両極の姿勢をとる互いの家同士が混じり合った場合、どのような子供が産まれ、どのような魔術師へと成長するのか。これは久世家からの提案であり、生まれ来る命の愚弄だと当初、津ヶ原家は反対したが、どのような手管を使われたのか、渋々了承してしまった。
幹久と香織は表面的には親の言いつけ通りに子供を作るつもりだが、子供の生き方は子供の自由にさせようと密かに決めていた。
アレッタも聖羅も結婚式に出席してくれることになっている。
幸せな将来の為にも、なるべく危険には近寄らせたくはない。
もうこれ以上、近しい人を死なせたくはない、と幹久は思っていた。
大切な人を死なせないために強くならなくてはならない、と考える聖羅とアレッタ。
大切な人を死なせないためには、危険に近づかないと考える幹久と香織。
考えの違いがいまのこの状況だ。
しかし香織は、その危険な手段を用いようとしていた。
こんばんは、上月です
次回の投稿は13日の21時を予定しております。