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楽園に踏み入った不純物1-3

 親子二人だけの時間は息苦しい。


 対人恐怖症を抱えるアレッタにとって、誰より苦手とするのが、目の前の父親グランツという存在だった。


「お父様が私にした仕打ちをお忘れですか。覚えていて、帰って来いと言うのですか」

「あの時の俺はどうかしていた、とでもいえば素直に帰って来るか?」

「お断りします。理由も聞かされていません」


 グランツの威圧に抗う為、言葉の語気を強めに返す。


 グランツは反抗的な態度を示すアレッタに、鼻を鳴らして、面倒くさそうに口を開いた。


「新しく産ませた子供は、母親バカに抱き抱えられて屋敷を出て行った。跡継ぎがいない今、お前を再びフォルトバインに迎え入れ、俺の知識全てを教え込む。前のような劣悪な環境ではない。誰もがお前に頭を深く下げる生活だ」


 二番目の妻は我が子を抱いて、利己主義の魔術師みえっぱりから立ち去った。


 賢明な判断だと胸中で思った。この男の高慢と強欲に心から付き合える者など、そうそういるはずがない。


「お前の存在は、柊様の、魔術師としての価値に泥を塗る。お前のような人に非ざる者が、彼の評判を下げると分からないか?」

「それは……」


 自分は人ではないと改めて事実として、親から言い渡される。


 自分が近くにいるだけで、柊は迷惑を被るのだと。だが、逆にフォルトバイン家に帰れば、今度はフォルトバインの家名に泥を塗る事になる。彼の言葉通りなら、そのことも承知のはずだ。


「それでも、私はこの場所を離れません。柊様と約束しました。立派な魔術師になれるよう努力してくださると。私も努力すると。私は、フォルトバインの教育で自分を成長させられるとは考えられません! 私を成長させてくださるのは」

「――貴様ッ!」


 グランツは腰を上げて身を乗り出し、テーブル越しに座るアレッタの胸倉を絞るようにして引き寄せた。


 間近には悪魔のような形相をした父――口から漏れ出る生暖かい空気は、嫌悪で全身の鳥肌が立つ。


 首が締まって苦しい思いをしたのは数秒の事。


「お引き取り願います、グランツ・フォルトバイン殿。いくら親子の関係とはいえ、虐待を見て見ぬふりは出来ませんよ。もし、これ以上、アレッタに手を上げるというのならば、統括者として命令を下さねばなりませんが?」


 グランツの手首を鷲掴んで引き離させた柊は、淡々とした口調と強い意志を、目を白黒させているグランツに認識させた。


 取り繕った仮面を脱ぎ捨てた表情は、困惑と保身の色へと塗り替わっていく。


 創作物アレッタに反論さたことで、短気な性格を激情が猛り、場と我を忘れた本性をむき出してしまった。このままでは、魔術四家のフォルトバインの名誉に泥を塗ってしまう。こんな化け物のせいで、自分の誇りを貶めるわけにはいかない。


 慎重にかつ迅速に培ってきた悪知恵を働かせて、この場を切り抜ける――あわよくば、アレッタを連れて帰れる糸口を探究し始める。


 時間を稼ぐべく、世渡りを得手とした表情をとっさに塗り替える。


「我が娘にも困ったものだ。実の父親に向かって、口汚く罵るモノだから、俺も普段の探究活動で貧窮していた疲れから、つい、手を上げてしまった。いかんな、一人の魔術師である以前に、一人の父親・・だというのに。アレッタ、本当に重ね重ね申し訳ない」


 再び腰をソファーに落したグランツは、深く腰を折って頭を下げた。


 見えない顔色は、どのように描かれているか。


 考えなくても容易に想像できてしまう。浅はかで読みやすいくらいに、グランツという男は欲深く、プライドが高いのだ。


 アレッタはそんな父親から視線を外して、乱れた衣服を指先で整えると、ボタンを縫い付けている糸がほつれている事に気が付いた。


 真っ白いブラウスの胸元が開き、真っ白な肌と浮き上がる鎖骨が覗く。


 柊は物凄い勢いで視線をアレッタから外し、目のやり場に困っている風だった。


「お父様、口汚く罵った事をお許しください。ただ、私も気持ちの整理が付かず、混乱していました。遠くからわざわざ足を運んでまで、私の安否を確認しに来てくださったのに、追い返すような数々の無礼、お詫びいたします」


 今ここで父親の悪事をぶちまけてしまいたかった。


 決してこの男に情けを掛けているわけではない。次代のフォルトバイン家当主に迷惑が掛かると先を見越しての考えだった。この男さえ退いてしまえば、きっと、フォルトバインは本来の無道を舗装し歩む魔術家系へと立ち直る。


 この男こそがフォルトバイン家の恥の象徴だったからこそ、世間に周知させるわけにはいかない。


「ああ、そうだな。俺も少し休暇が必要かもしれないな。必ずお前を、立派な当主に育てられる父親になって、戻ってこよう。それまでは、どうか柊様、娘をよろしくお願いします」


 憔悴を装った父の根深い策略に気付かない柊ではなかった。


 だが、ここは我が身の苦痛を抑え込んでまで穏便に済ませようとしたアレッタに免じて、気付かぬふりを装い、互いに偽りの言葉を以って和解させた。


「ええ、フォルトバイン家は魔術四家の一角です。毎日を多忙に働かれているのでしょうね。わかりました、アレッタは僕が責任を持って面倒を見ます。ですので、グランツ殿は心と体をしっかりと休めてください」


 欲に溺れた視線はアレッタを一瞥した。


 お前はこれからも余計な事を言わなくていい。言えば、お前の人生は――幸せは瓦解するぞと声無く訴えていた。


「さようなら、お父様」


 互いに嫌悪の念を奥深く隠しながら、正門まで共に真実を隠して歩いた――しっかりと五歩・・分の距離を開けて。


 排気音が遠ざかるにつれて、自分の中の緊張がじわじわと解されていった。

こんばんは、上月です



次回の投稿は24日の22時を予定しております!

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