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悲しみを越えるべく1-1

 雨が冷たい。


 そんなことも忘れて、アレッタは傘も差さずに俯いている。


 視線の先には真新しい墓。


 墓には柊春成と彫られており、多くの献花に囲まれている。


 アレッタにとって最愛の師であり、最愛の人だった男の名前。


 一週間前の唐突な別れ。


 柊は悪魔使いからアレッタを守り、最期には満足そうに息を引き取った。


 彼を失ったことで、裏社会の均衡が完全に崩れてしまった。いいや、崩れていたのはもっと早い段階で、ヨゼフィーネが亡くなった時点で情勢は傾きつつあったのだ。それが今回、二人目の統括者が居なくなったことで、敵対勢力がここぞとばかりに活動に激しさを増したのだ。


「おい、アレッタ」


 肩に置かれた手を払い除け、振り向き様に彼女の顔面を殴りつけた。


 赤茶色の長い髪を張り付かせた少女が数歩よろめいた。


「どうしてっ! 聖羅、貴女が……っ! 貴女が……」


 彼女のせいじゃない。


 そんなことは分かっていた。それでも、頭と気持ちは一致せず、こうして彼女を渾身の力で殴りつけた。本当は、自分が不甲斐ないせいだ。自分が弱いから、ヨゼフィーネが死んで、柊も死んだ。聖羅は柊を助ける為に必死だったはずだ。魔力を無理矢理絞り出して治療に専念してくれていたのを知っている。


「気が済むまで、殴ればいいだろう。そうだ、なんならもっと罵声を浴びせろ。憎めば良いだろうが! 普段、高慢な口を叩いているくせに、いざ大切な時に役に立たない人殺しとでも言えばいい!」


 聖羅は口元を袖で拭ってヨロヨロと立ち上がり、アレッタの両肩を力強く握りしめた。


 悲痛な感情が伝わってくる。


「うわぁぁぁあああ!!」


 アレッタはもうどうしていいのか分からず、涙を流し、声を張り上げながら聖羅を突き飛ばした。体勢を崩して転んだ聖羅に跨がり、拳を何度も振り下ろす。


 こんなことしたくない。


 どうしようもない感情の爆発に自身の制御ができない。


 殴られても聖羅は憎らしい笑みを浮かべている。


「ほら……、どうした。もっとやれよ。お前の……、柊に対する想いは、そんな軽いのかよ!」

「うるさい! 分かってる! こんなことして! 意味なんて! ないことくらい! でも、でも……」


 どうしても怒りの矛先が聖羅に向いてしまうのだ。


 誰か止めて。このままだと聖羅を本気で殺してしまいそうだ。


 そんなアレッタの願いが叶い、振り上げた拳を誰かが掴んだ。


「止めないか、アレッタ。誰のせいでもないんじゃ。聖羅のせいでもなく、アレッタのせいでもない」


 渋みのある声の主は統括者のクラウスだった。


 クラウスは掴んだ腕を優しく引っ張り、アレッタは立ち上がった。


「こんなことをしても、柊殿は喜ばないくらい、アレッタ、お前さんが一番知っているだろうに。だが、気持ちは分かる。しかし、ここで止まるな。酷なことを言うが、アレッタは統括者の一人だ。これから先の、目の前の問題解決に当たってくれんと、他にもお前さんのように、多くの魔術師が大切な同胞を亡くすことになる」

「おい、クラウス……」


 余計なことをするな、と聖羅が睨み付けるが、彼の反論に口を閉ざした。


「自分が殴られて、責められて、少しでも罪の意識から逃れたいか?」


 聖羅も無力な自分を悔いている。


 天才の彼女が渇望する、最強、という幼稚で漠然とした強さの根幹には、大切な人達を守りたいという強い思いがあるからだ。


 大切な人を守れない弱い自分が許せないのだ。


「城に戻って風呂に浸かるのじゃ。このままでは風邪を引いてしまうぞ」


 クラウスはゆっくりとアレッタの手を離し、そのまま何処かへと歩いて行ってしまった。


「ごめんなさい。聖羅」

「謝るな。お前は約束を守っただろうが。守れなかった私のせいだよ」


 二人は同時に歩き出した。


「聖羅、お願いがあるの」

「……なんだ」


 二人は立ち止まり、互いに向き合った。


「私を殴って」

「は?」

「私ももう一発だけ、貴女を殴るから」

「どういう意味がある?」

「お互いに再び約束するの」


 意味が分からんぞ、といった表情をした聖羅だが、すぐに真面目な顔へと戻る。


「分かったよ。だが、私の一発は痛いぞ」

「手加減したら、約束の意味が無いわ」

「歯を食いしばってろ」


 聖羅は渾身の力でアレッタを殴りつけた。自分の無力を痛感し、悔いた想いを乗せて。


 銀色の長髪が大きく揺れて、アレッタは紫色の瞳いっぱいに涙を浮かべた。


「ありがとう、聖羅。じゃあ」


 アレッタも先ほどより力を込めた一発を見舞った。


「……んで、これにどんな意味があるんだ」

「誓いです。二度と、大切な人を失わせないために、私たちはどんなことをしても強くなり、敵対勢力には容赦を捨てるっていう、固い約束」

「なるほど。この痛みを忘れるな、というわけか」


 この痛みというのは、殴られた痛みではなく、亡くした痛みだ。殴った痛みは互いの気持ちの確認であり、心の痛みを忘れさせないための楔。

こんばんは、上月です



次回の投稿は29日の22時を予定しております

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