聖羅との危険な旅1-10
「……そんな」
土煙が晴れると目の前に柊がいた。
苦しそうな顔を浮かべている。
どうして、なぜ彼が苦しそうにしているのか。アーリアの攻撃は短い先を視る眼によって予知できたはずだ。それがどうしてこんなことになったのか。
アレッタは動揺に揺れる瞳を彼の腹部へと落とした。
「ああ、ああ!」
彼の腹からぶよぶよとした触手が生えている。触手がうねる度に柊の表情は強張る。
「大丈夫……かな? ああ、大丈夫そうだね。アレッタが……無事で、良かった」
「柊先生!」
「キミに、怪我を……してほしくなんて、ないから」
柊は微笑んだ。
止めて。微笑まないで。そんな痛ましい表情で私に微笑まないで。
しかし、彼の微笑みも長くは続かなかった。
「――がぁっ!?」
柊を貫く触手が腹を裂くように薙いだ。
血飛沫がアレッタの眼前に咲く。彼の腹からは臓器が溢れ出し、そのまま彼は大きく地面に倒れ込んだ。直ぐに彼の周囲には赤い池が広がる。
「柊先生ッ! 柊先生ぇッ!」
柊の傍らで何とかしなければ、とオロオロするアレッタに聖羅が怒声を浴びせた。
「馬鹿者ッ! 今は自分の身を守ることに専念しろ! 死にたいのか! 無駄にしたいうのか、ソイツの意志を!」
「まだ、まだ柊先生は死んでいませんッ!」
聖羅が触手を切り落とし、アレッタの頬を思いっきり、力任せに叩いた。
「アレッタ・フォルトバイン統括者! 自分の感情を優先にして、周りを死に晒すな! お前がいま成すべき事はなんだ! 応えろ! 直ぐにだ!」
動揺して、頭がぐるぐるして、何をして良いのか分からない。
聖羅は舌打ちをしてナイフを一閃して触手を断ち切る。
「柊は私がなんとかしてみる。これくらいの傷……とは言えんが、怪我を執刀してやる。悔しいが、アレを何とか出来るのは、お前くらいだ。私の魔力は正直言ってもう限界をとうに超えている。最後の魔力の一滴までお前も絞り出せ。いいな?」
「でも」
「でもなんだ? 統括者がそんな様では、お前に託して死んだヨゼフィーネ統括の想いはどうなる?」
「ヨゼフィーネ様」
ヨゼフィーネは死んだ。
柊もこのままだと。
自分と関わった者が死んでいく。
「聖羅、貴女は」
言葉が出ない。
しかし、聖羅は表情を和らげて言った。
「私は大丈夫だ。何度も言わせるな、物覚えの悪い奴め。世界真理も至らずに死ねるものかよ」
「そう、ですね。柊先生を宜しくお願いします」
アレッタは立ち上がった。
そしてぶくぶくと膨れ上がった憎悪の塊へと立ち塞がる。背後の仲間にこれ以上の危害を加えさせないために。
「植物よ、再び」
聖羅の願いに室内は大きく揺れる。
床がめくれ上がり、巨大な根が侵入してきた。これは地中深くに根を張っていた植物だ。アレッタは何百何千と眠り続けていた生命に命令を下す。
「アレの排除を」
根は大きく軋みながら、その大きさに見合わぬ速度でアーリアに絡みつく。アーリアが暴れればそれだけ根が締まり、肉塊は大きく形を変形させる。このままでは意味が無い。物理的な破壊では呪いを放出させるだけ。ならば今にも破裂しそうなその憎悪を抜いてやればいい。
アレッタの意思を汲み取った根が杭のようなものを生やして肉塊に埋めていく。
「その調子です」
アーリアはみるみると萎んでいき、ありえないという形相をいたる顔から浮かべている。
こんばんは、上月です
次回の投稿は15日の22時を予定しております。