聖羅との危険な旅1-9
膨張から破裂。
それは一瞬の間に全てが悲劇へと変わった。
「…………」
変わったはずだ。
閉じた目を開けるのが怖い。
一体周囲はどうなってしまったのか。自分はどうなってしまったのか。
物音はしないが、誰かの上がった息遣いが近くに感じた。
聖羅のものか。アーリアのものか。
そのどちらでもない。
だって、息苦しそうな、安堵した声でアレッタの名前を呼んだから。
「間に合ったぁ。ああ、良かったよ。僕も若くは無いんだから、あまり無茶をさせないで欲しいな」
目を開けると柊の顔が間近にあった。
見慣れた優しい笑顔。
彼の背後はキラキラと輝いていて、アレッタは目を細めて微笑んだ。
「柊、せんせぇ……」
「危機一髪だったね。ご都合的なタイミングだよ。あはは、はぁ……疲れた」
柊が目の前から退くと、ぶくぶくと肥え太った肉塊が黄白色の結晶体に閉じられていた。とても綺麗で、発光する結晶体は大広間をよく照らしている。
聖羅は呆然と立ち尽くして結晶体を、なんと言えない、感情を表現できない瞳で見つめている。
「私の失態を、ここまで突きつけてくれるなよ、柊統括者」
「別にそういった意図はないんだけど……。まあ、聖羅も無事で良かった。うん。さあ、帰ろう。こんな場所にいつまでもいるべきじゃない」
柊はヨロヨロと結晶体まで歩き、聖羅とアレッタに振り返る。
「これは、永遠に閉じておかなければいけない。世の中には魔法使いよりもっと危険なものはいっぱいあるからね」
また微笑んだ柊の表情は、彼の背後からガラスに釘を押しつけて引っ掻いた様な音とともに一変した。
次の瞬間、キラキラの破片が四方に砕け飛び散った。
「そんな、世界真理を閉じるための結晶だぞ!?」
柊の表情に余裕はないどころか、顔面蒼白に染め上げ、結晶体から大きく飛び退く。間一髪。柊が立っていた場所をぶよぶよした触手が空気を押し退けた。あの一撃を直撃していたらひとたまりもない。冷や汗の粒が柊の毛先から宙へと飛ぶ。
「下がれ!」
直ぐに反応したのはやはり聖羅だ。
もう限界のはずの聖羅だが、再び魔術を展開させた。ナイフの切っ先をアーリアへと向け、不可視の執刀の刃が数千数万と襲う。しかし、ぶよぶよとした肉を削ぎ取ったところから肉がひしめき合って修復されていく。世界を閉じる魔術も、世界を執刀する魔術も、憎悪を孕み肥えた悪魔の中核には届かない。
アレッタの周りには引きちぎられた植物の残骸。
彼らはまだ虫の息だが生きている。
生きているのならば成長を促せばいい。彼らの生命力は無限大の可能性を秘めている。自分にもまだまだ成長の可能性は秘めている。
「憎悪が悪魔の成長の源であるならば、私は希望を力の源に成長します」
純白の魔力を放出させて植物の残骸へ流し込む。みるみると千切れた箇所から新たな生命を宿して伸ばしていく。太く、固く、長く。今度はもっと強度を与える為に、植物同市を絡み合わせた。
アレッタも限界だったが、ここは踏ん張り所。無理をしなければ全てが終わる。ならば聖羅が言ったように、限界を超越して挑もう。
自分のやることが定まれば邁進するだけ。
その邁進の恩恵は植物だけでなく、柊や聖羅にももたらした。
「なんだ、これ」
柊と聖羅の視界には我が目を疑う、アーリアが一瞬だけ残像を引いて動いて見えた。しかし、実際にアーリアは動いてはいない。
「おい柊、一歩下がれ!」
聖羅の突然の命令に柊が一歩さがるとアーリアが動いた。触手を一振り。それで、聖羅と柊には今見た残像の意味を理解した。
「悪魔の動きを予測して見た?」
「ちょっと先の未来をみたんだろうよ。クク、これは成長云々の次元の話じゃあ無いぞ。だが悪くないなァ!」
聖羅はナイフの切っ先をアーリアの足下へ向ける。
蠕動運動して進むアーリアの足下の地面が切り取られ、体勢を崩して大きく転んだ。
「アレッタ、物理的に潰してやれ!」
「ええ!」
植物の殴打と触手の殴打が宙でぶつかる。衝撃が空気を伝わって三人の身体が浮き上がり吹き飛ばされる。硬性の植物と軟性の触手は何度も、何度も、何度も互いに打ち付け合い、それはひ弱な人間が立ち入ってはいけない領域を作り上げていた。
「おっと!」
柊と聖羅は未来を視て互いに横に飛んだ。
二人が裁っていた布巾に千切れた触手が地面に叩き付けられた。二人は互いに顔を見合わせて苦笑い。だが、これはいける。勝機は此方に傾いている。三人は確信していた。
しかし、先を見ても対処の出来ない脅威では抗えない。
ぶよぶよとした身体全体から白い、鋭利なものが無数に生え発射された。
聖羅は数千数万の執刀で、柊は結晶体の楯で、アレッタは硬化した植物で防御の姿勢。
地面が抉れ、埃や土煙が舞う。
危機一髪だった。
アレッタの耳は苦悶の声を聞いた。
こんばんは、上月です
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