聖羅との危険な旅1-8
地鳴り。
空間を揺らしながら伸びて来た植物たちは、ドアを軽々とぶち破り、己が何をすべきか迷い無く、異形の悪魔、アーリア・キュウテンの身体に巻き付き、棘をその皮膚に突き刺していく。
植物たちの捕食活動。
成長するには栄養が必要だ。
人間が知識を得て成長していくように、植物たちも養分が必要なのだ。より美しく、より大きく、より固くなるために。蔓には次々と蕾みが膨らんでいき、時代の流れを速くしたように開花していく。しかし、衰退はない。成長を続ける花は色を失い、萎れていくどころかより鮮やかに、大きく花弁を広げていった。
アーリア・キュウテンが暴れ出すが、植物たちは抵抗を許さず、もがけばもがくほど蔓はその肉に食い込み、棘も体内のより深い場所に刺さっていく。
「投降してください。あなたの悪魔は既に無力化されています」
アレッタの呼びかけに何の反応をも見せない悪魔使い。
「アーリア・キュウテンを無力化? それは面白い冗談だ。この程度で、十三世界の悪魔や異界の悪魔王と並ぶ、異形の悪魔王を無力化できたと抜かしたか? クク、ほざけッ!」
悪魔使いは人差しと中指を合わせ、自分の心臓部分に指先を押しつけた。
何をするのか、というアレッタが疑問を抱く前に、動物的直感でいち早く危険を察知した聖羅は動いていた。
「させるかっ!」
ナイフの切っ先を悪魔使いに向けると、数千数万の風を切る音が同時に重なった。
悪魔使いの身体は部位が分からなくなるくらいに薄い肉へと姿を変えた。
「遅かったな。魔術師ィ! もう、手遅れだ。アーリア・キュウテンはありとあらゆる呪いから生み出された悪魔だ。俺という枷が外れ、呪いを世界中にぶちまけるだろう。さあ、喰らえ。俺の呪いも!」
血溜まりが波紋から悪魔使いの声がしている。
アーリア・キュウテンの百ある顔の一つが悪魔使いの残骸に目を向け、大きな口を、粘液を垂らしながら限界まで開いた。
血溜まりに残る肉が腐敗した。
「栄養を取り込んだ? いいや、あの糞野郎の呪いを取り込んでいるのか。チッ、笑っていられる状況じゃあないね。おい、アレッタ。ソイツを離すなよ。呪いの拡散なんてされてみろ、世界がどうなるか分かったもんじゃあない。ここで、コイツの全てを世界から切り離す」
「世界から切り離す?」
「ああ、説明は後でする。時間が惜しい。お前はソイツを縛り付けておくことだけに専念しろ。あとは私が責任を持ってなんとかしてやる」
聖羅には策がある。
ならば彼女を信じて、自分はこの悪魔を一ミリたりとも動かさないように努める。
「急いで。この悪魔の力が急激に膨大しています。植物の成長より速いからッ!」
単純な力比べだ。
植物が栄養を摂取して太く硬化するより、悪魔の力の成長速度が上回っている。この拘束も長くは保たない。しかし、ここで失敗すれば世界に想像もつかない悪影響が及ぼされる。意地でもこの場に留めておかねばならないのであれば、魔力の放出を惜しんでいる場合でもない。
アレッタは悪魔から摂取するとは別に、大量の魔力を植物たちに流し込む。
それでもまだ悪魔の成長速度には追いつかない。
「聖羅ッ!」
急激な魔力の消耗。自分の中にある魔力が後どれくらいなのかも分からないくらいに、身体の負担は大きく、疲労感が強い。
聖羅は目を閉じた。
大きな深呼吸を一度。ナイフの腹には紫色の魔術文字が強く浮かび上がり、刃が小刻みに振動しているように見えた。
「世界も完璧な概念じゃない。幾つもの可能性を秘めた宇宙が、人の数だけ広がって、彼らの選択の数だけ、その度に新しい世界が生まれていくんだ」
聖羅は自分の中で組み上げた理論を、まるで自分自身に信じ込ませるように呟く。
聖羅は目を開き、力強くナイフを振った。
悪魔の背後。空間に大きな亀裂が生まれた。亀裂の向こう側は真っ白だ。
「クソッ、座標がずれた! アレッタ、その化け物を亀裂に押し込めろ!」
「む、無理! 動きを抑制しているだけで限界ッ!」
「限界を超えろって言っているんだ! 限界の一つも超えずに世界真理に至れるか、馬鹿者!」
「無茶を言って……。ええ、やってみる。いいえ、やり遂げてみせる!」
植物はアーリア・キュウテンを亀裂に押し込もうと動く。
アーリア・キュウテンも背後の亀裂の向こう側に危険を感じたのか、必至に抵抗し、植物に切れ込みを入れた。
「あ……」
アレッタの間の抜けた声と同時に、植物は引き裂かれ、ぶよぶよとした肉塊が大きく膨らんだ。まるで溜めた呪いを今にもぶちまけようというように。
こんばんは、上月です
次回の投稿は11月1日の22時を予定しております