聖羅との危険な旅1-4
まさか休暇の出先でこんな事件に巻き込まれるなんて思ってもいなかったのは、聖羅も同じだっただろう。
そして、その事件がアレッタにとって何よりも悲しい出来事になるとは思ってもいなかった。
「お前は……、いつもそうだ。お前はお人良しが過ぎるぞ。おかげで……この有様だ」
暗闇の中、聖羅の苦しそうな声が聞こえ、アレッタは目を覚ました。
目を覚ましたはずだが、視界は真っ暗で、血の臭いがアレッタの鼻腔に届く。
「聖羅、大丈夫ですか!?」
「ああ、問題はないが、クソ……、あの男は初めから私たちが狙いだったんだ」
「まさか、悪魔使いだったなんて……」
「行方不明のお友達は、あいつ自身が……手に掛けたんだろうよ」
食事の後、アレッタと聖羅は彼と共に軍事博物館へと忍び込んだ。
だいぶ酒が回っていた聖羅とアレッタは、正直言って慢心していた。
普段であれば決して酔ったまま仕事に赴くなんてことはしない。翌日の捜査を提案していたはずだが、男の巧妙な話術と判断力が欠如した二人は、そのまま勢いで解決しようと上手く話に乗っかってしまった。
深夜の博物館内は薄暗く、彼が持つ懐中電灯が視界の明かりの全てといっていいほどだった。
「ああ、そうだ。大切なことを言い忘れていたんでした!」
わざとらしく大きな声を上げた男に、聖羅とアレッタは一瞬だけ気を取られてしまった。
そのわずかな隙に男は動いた。
「おい! 貴様、何を……!」
聖羅の腰に差してあるナイフを抜き取り、遠くへと投げ捨てた。
「お前達は邪魔だ!」
男が口調を一変させて叫ぶと、暗闇から蠢くいくつもの塊が至る箇所から生えてきた。
「騙したのですか!」
「ふふふ、稲神さん風に言えば、騙された方が馬鹿なのだよ」
塊が一斉に敵意を向けたのを察知したアレッタと聖羅。判断力を欠いているとはいえ身体が幾度の戦場を覚えており、二手に分かれるように跳んだ。
アレッタの腕に鋭い痛みが奔るが気にして入られない。
「僕は……、いいや、俺は悪魔使いですよ。なぁに、ある方から貴方たちを屠るように言われていましてね。ご同業者がAAランクの一人、ヨゼフィーネを殺したらしいので、俺はAAランク三人を殺そうかと思ったわけですよ」
彼は言った。
悪魔使い、だと。
「悪魔使い……、悪魔使いなのですね?」
アレッタは呟き、彼は肯定した。
「ヨゼフィーネ様を殺した悪魔使い!」
アレッタは魔力を放出し、博物館内外の植物を総動員させた。しかし、植物たちの動きは単調なものだった。本来、植物たちはアレッタの意思を読み取り、最適かつ最大の成果をもたらす動きをする。
聖羅はその植物の異変の原因はアレッタにあると直ぐに理解した。
現在のアレッタは冷静さを欠いていた。
悪魔使いを相手に、アレッタの感情は、ヨゼフィーネの死と直結していた。
「チッ、おい! 馬鹿ものが。酒の酔いも相まって、自身の抑制が出来ないでいるのか」
聖羅はナイフを振るい悪魔共を身体部位一つ一つ毎に切り刻みながらもアレッタと距離を縮めていく。常に意識から悪魔使い本体から外さないように。聖羅は悪魔使いと初めて対峙したが、あれは気を許して良い存在ではない。魔法使いや飢えた狼のような行動原理も分からなければ、まだまだ未知な存在を相手に、不用意な行動を控えたかった。
「生まれ持っての天才。稲神家歴代最強最高の魔術師。最も世界真理に近しい理論。あんたの方が危険人物だ」
「何処かで聞いたような文句だなぁ。それより、三人目は誰だ?」
聖羅は空間距離超越の不可視なる執刀を悪魔使いに見舞った。
「三人目の到着はもうじき」
自分とアレッタを除いたAAランクは残り二名。
柊とクラウス。
クラウスも柊も魔術に関して言えば、戦闘向けのもの。特にクラウスの特異な魔術によって呼び出される残虐無垢な妖精たちは、この間の同行任務で実際を目にして、血の気が引いた。
柊はありとあらゆるものを結晶化して閉じてしまう。
どちらも多人数を相手でも効果的な魔術だ。
「だが、生憎だがなぁ、私がお前を殺るんだ。クク、サイコロステーキか三枚下ろしか選べよ。好きなように執刀して、お前の全てを識ってやる。悪魔使いの未知をなぁ。私は私の識らないことがあるのが我慢ならない性分でね。私の知識欲を満たす糧になってもらうぞ」
「多様に言葉を手繰る小娘だ。来い! 冥府魔天の将、アーリア・キュウテン!」
悪魔使いの号に応えるべく地面から、不快で、動物的危機感覚を刺激する何者かが現れようとしていた。非常灯の不気味な赤色の照明に照らされたソレを目にした聖羅は口の中が瞬間に乾いた。
こんばんは、上月です
次回の投稿は10月3日21時を予定しております