赤の奇跡1-14
「これは、まさかこうくるとはね」
フリントは浮上していく船からか衣面を俯瞰しながら言った。面白そうに。感心するように。忌々しそうに。
ヨゼフィーネもまさか、ここまでアレッタがやるとは思ってはいなかったので、頬に一筋の汗が伝い落ちる。
「彼女、アレッタちゃんの魔術理論は成長、だったかな。不思議な子だね。そんなものを理論を秘めて、これだけの常識外れを見せてくれるなんて、まさに名門の出に相応しい神秘だとは思わない?」
「ええ、そうね。これからの彼女の成長が楽しみよ」
「これから? ああ、生き残るつもりで話しているんだね、ヨゼフィーネちゃんは」
「任務を達成して帰ります。師匠という私の過去の汚点を完全に滅して」
「寂しいなぁ」
「心にも無いことを」
「いや、本当に寂しいんだ。私が殺したい程に想っていた子が、今日、死んでしまうんだからね。これから私は、何を糧に、何を想い、何をして生きていこうかなぁ」
合致しない会話。
「悪魔をもっと呼び出して、シェルシェール・ラ・メゾンを初め、信仰会、飢えた狼、魔法使いを全て排除してやろうかな。とても楽しそうだ。しばらくの退屈しのぎになりそうだ」
フリントは不気味で温和な笑みを貼り付けて言う。
「残りの厄介者はクラウス、柊、津ヶ原、久世、そして稲神聖羅、か。あの小娘が一番危険だ。なんたってあれは真の天才。魔術を極め、真理に至る為に産まれたような化け物だ。どうやって殺そうかなぁ」
「私とアレッタを、もう殺したつもりでいるのね」
「だって、死ぬでしょ? アレッタちゃんもヨゼフィーネちゃんも」
「とうとう、本当に壊れたのね」
「壊したのはキミだよ、ヨゼフィーネちゃん。キミと出会わなければ、私はね、今もう真面目に魔術師として世界真理探究の道を歩いていただろうね。だが、私を壊してくれたことには感謝しているんだ。だって、無意味だろう? 世界真理を探究して何になる。ただの自己満足だ。世界というパズルに自分というピースの形を変えて嵌め込むか、自分の形に合わせて世界に穴を開けるか、どっちが生きやすいか、という結論に至るだけだろう? 言ってしまえば私たちは、世界不適合者じゃないか。だから、世界を識って、自分に都合の良い真実を受け入れる。時間の無駄だと思えないかな?」
「思いません。世界を識って自分を識る。世界真理という学問に魔術という方式を学んで識る。私たちは学者です。人の持つ、本来の豊かさを養う術です」
ヨゼフィーネは反論するが、彼女の言葉を目の前の男は真面目に聞いていなかった。
「語るは終わりだ。ヨゼフィーネ、見ていなさい。悪魔使いの本当の戦い方を」
フリントの身体がぶくぶくと隆起し始めた。
彼の身体から黒い靄が溢れだし、それらは悪魔へと形作っていく。次々と産まれる悪魔は、甲板で人間と異形相手に立ち回るそれらとは比べものにならないほどの殺意を宿している。殺意に見合った実力も持っている。ヨゼフィーネは瞬時に相手の力量と自分の力量を測った。これらが際限なく召喚されるのであれば、間違いなく此方が全滅する。下で戦うアレッタを除く元魔術師や信仰会では相手にならない。
ここは自分一人でなんとかしなければならない。
これらを倒し、フリントを殺すだけの奇跡に見合う代価を自分に払えるのか。
「それでも、やるしかありませんね」
溜息を吐いたヨゼフィーネは、枯渇させる勢いで、深紅の魔力を流出させた。
こんばんは、上月です
次回の投稿は10日21時を予定しております!