赤の奇跡1-12
「なにを……、フリントさん?」
アレッタは眼を丸くして彼を見た。
なにをしているのか。この状況で。アレッタ同様にヨゼフィーネの注意もフリントへと向いていた。
「本来はシェルシェール・ラ・メゾン最強と言われる、クラウスを屠るつもりだったのですがね。まあ、同ランクのヨゼフィーネと名門家系出で純白の魔力を持つお嬢さんを屠れるのであれば、おつりが返ってきそうだ」
彼は何を言っているのか。
ゆっくりとアレッタに歩み寄ってくる男は何をしようとしているのか。
柊と似た柔和で温かな雰囲気を周囲に敷いていたはずだが、いまのフリントは上辺だけを変えずに中身そのものを別のものと入れ替えてしまったかのように、酷く不安で、おぞましい。
「アレッタ逃げなさい!」
ヨゼフィーネの張った声で我を取り戻し、左右に逃げ道を探すも悪魔が船に乗り込んでいて、人と魔が忙しなく衝突している。下手に動けば仲間の攻撃を受けてしまう。かといって、彼らも自分たちの防衛に必死で此方に意識を向ける余裕もないだろう。
「悪魔使いは」
アレッタの一言にフリントは足を止めた。
「あなた、ですか? フリントさん」
微笑みを切り取って貼り付けたような顔に変化はない。しかし、彼の奥底にある何かが、噴火するかのように外面へと押し上げられ、爆発した。
「悪魔使い、ええそうです。私のことですよ。まさか、自分で自分を討伐してくれなんて滑稽で笑える依頼を出す私自身が本当に可笑しい。これまでにシェルシェール・ラ・メゾンの魔術師を冥府に落としてやろうと、上等な悪魔を人間に貸し与えてきたが、どいつもこいつも無駄死にさせやがって……、全ては貴女のせいですよ、アレッタ・フォルトバイン」
表情に影が差した。
陰鬱で空虚な空洞。
一切の感情が抜け落ちた瞳がジッとアレッタを映す。
「どうして、このようなことを」
「どうして? どうしてと聞くか。全ては我が魔道に従っての行為。これは探求だよ。ただ、私情が多く含まれてはいるのだけれどね」
そう言ったフリントは遠くで此方を警戒しながら、悪魔を相手にするヨゼフィーネを睨み付けた。
「ヨゼフィーネちゃん。ああ、ヨゼフィーネ。私から魔術師としての生きる道を奪った忌まわしき娘。災いの赤。こっちへ来なさい」
彼の言葉にヨゼフィーネを襲っていた悪魔達が散っていった。
ヨゼフィーネとフリントの間に一本の道ができた。
「お前は私の人生を奪った。ならば今度は、私がお前の安息の永眠を奪おう。悪魔に喰われた魂、輪廻の理を巡れると思うな」
フリントは猛っている。
対するヨゼフィーネは静かにフリントを見据えて足先を向けた。
「師匠。あなたが悪魔使いだったとは……、残念です。せめて師の謝った道を正すのが弟子の役割として、対峙させて頂きます。アレッタ、下がっていなさい」
ヨゼフィーネが並び立ち、アレッタは彼女に言われたとおり、少しだけ二人から距離をあけた。
「悪魔使いという邪悪に堕ちた身で、思考と探求を追い求める魔術師を押さえ込めるとは思わぬ事です。また、潰してさしあげますよ」
「確かに私の思考も探求も停止してしまったのかもしれない。だが、それは魔術師としての私にすぎない。悪魔がいる。憎悪がある。憎らしい相手がいま目の前に。ならばやるべきことに迷いはないよ」
「なるほど。ならば、私も正すのではなく、潰えさせる。師匠、あなたの人生を」
ヨゼフィーネは魔力を今までに感じたことの無いほど激しく放出した。
「その赤い希望の輝き、忌々しい色だよ」
「そうですか。ですが、これは私の生まれついての色。他人にどうこう言われたところで、どうしようもありませんし、するきもありません。目障りなのでしたら、殺してみたらどうですか?」
フリントは滑るように右へと移動した。
衣服の袖口から伸びる色白の掌はヨゼフィーネを捉えている。もちろん、ヨゼフィーネには彼が何かを仕掛けようとしていることくらい察していた。だからこそ、その場に立ち止まるなんて選択はない。赤い髪の尾を引きながら大きく飛び退いた。
「――ッ!」
今までヨゼフィーネが建っていた足場がひしゃげた。大きく歪み、穴が空いた。まるでその空間に重力を寄せ集めたように、船床が穴の中心地へ向かって波打っていた。
「まだまだァ!」
フリントは興が乗ってきたように大きく口を開いた。
こんばんは、上月です
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