赤の奇跡1-10
空と海が交わる境界に日が沈んでいく。
アレッタは部屋からその様子を綺麗だと眺めていた。海面にちりばめた夕色がいくつも反射して揺らめいている。
アレッタの銀髪も今は夕色に染まり、潮風が悪戯に髪を流す。
部屋の扉がノックされ、軽く返事をするとヨゼフィーネが顔を覗かせた。
「アレッタ、もうそろそろ出るわ」
「はい」
フリントからの情報。
今夜に悪魔使いが現れる。その情報源がどこからなのかはアレッタも知らない。ただ、あの喫茶店でフリントはそれだけをアレッタに告げた。屋敷に戻ったアレッタはヨゼフィーネにそれを報告すると、彼女は怪訝に眉を潜めてしばらく考える素振りを見せ、「なら今夜現れるのでしょうね」とだけ言って、アレッタに準備だけを整えておくように言いつけ、また部屋に籠もってしまった。しばらくアレッタは屋敷の外と内を行ったり来たりして時間を過ごして今に至る。
玄関にはすでにフリントが待機していた。
多くの魔術師が着込む黒のロングコート姿だ。アレッタも黒いコートに袖を通しているが、ヨゼフィーネはいつもの医者が着るような白衣姿。
コート内側には耐神秘、耐熱耐寒、耐衝撃の魔術文字や模様をいくつも施された一品だが、悪魔使いを相手にどれほど効果があるのかは定かではない。
屋敷の前には一台の車が停車していた。
「海ではないの?」
ヨゼフィーネがフリントを睨む。
「ああ、いや、海なんだが、ここから少し離れた場所に船を用意してある。漁船では心許ない。もっと大きくて出力も期待できる船を調達したんだ」
三人で車に乗り込み、港町を一度出て沿岸沿いのうねる道をひたすら走る。しばらく走ると古びた灯台がぽつんと建つ港にたどり着いた。駐車場には数台の車が停車してあるが、そのどれもが駐車線を無視していた。フリントも線を跨いで車を停車させた。車から降りて周囲を見渡してみたが船なんて一隻も見当たらない。
アレッタはヨゼフィーネと共にフリントへ視線を向ける。
「もうすぐ到着するから、気ままに待っていてくれ」
「到着、ということは、私たちの事情を知っているのですか?」
「借りる条件だから。僕の支援者、といったところかな」
相手は魔術師だろうか。
アレッタたちが手持ち無沙汰で待っていると、一隻の船が煙突から黒煙を吐き出しながら港に停泊した。これは見事なまでに歴史を感じ遊覧船だ。確かに大きさは漁船よりだいぶ大きいが、まだ漁船の方が沈まないのではないかとさえ思えてしまう。
船上からは乗組員がアレッタ達を歓迎して手を振っている。
アレッタも彼らに手を振り返すと船上からは歓声が上がる。
「さあ、乗ってくれ。彼らは私と同じように、元魔術師だったり、元信仰会だったりと、過去の垣根を取り払った海の男達だ」
「魔術や神威は扱えるの?」
「まあ、ある程度はね。ヨゼフィーネちゃん、彼らに戦闘能力を期待するのは止めておいた方が良い。探求や信仰の道を断念して、海を航海する道を選んだんだ」
甲板で一列に並ぶ肌を焼いて出来上がった筋肉を持つ海の男達。
確かに学者である魔術師や神様にお祈りを捧げる信者には到底見えない。
「ようこそ、我等が信仰魔道号へ。今夜の船旅を共にする光栄、我等一同久々に高揚しております」
船員を割って最前に出た大男が恭しく一礼した。
「信仰魔道号……」
「まるで、未練を形にしたような船ね」
甲板には魔術陣や模様。神様のイラストや木像が至る場所に配置してある。
「我等が無事に航海するためのものですな。では、船内を案内いたしましょう」
大男が振り返ると規律の中で過ごした軍人のように機敏な動きで、十戒のように道を作った。
こんばんは、上月です
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