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楽園に踏み入った不純物1-1

 室内に広げた器具を見て思考すること二時間。


 日用雑貨や拳銃、ナイフといった凶器までが床に並べられている。それらを小さく唸りながら見定めていくアレッタの瞳は真剣そのもの。


「自分の魔術理論と相性の良い物、ですか」


 魔術理論に魔力という形を与え、自分の内部から外界とを繋ぐ中継点こそが魔術媒体の役割。媒体無く魔術は成立しない。自分の一生を共にする相棒なのだから、気分や好み選ぶことはできない逸品。


 この場に広げられた数々の器具は、アレッタにとって適当ではない代物ばかり。


「無理に選ぶ必要はないよ。そうだ、近いうちに町に出てみようか」

「町……ですか」


 多くの人が行き交う光景を車内から眺めた記憶が蘇る。


 対人恐怖に怯えるアレッタにとって、遠巻きから眺めている分には問題はないが、彼等との間隔を狭めるとなると、拒否反応が素直に顔に浮かび上がる。


「あ、いや、無理にとは言わないよ。そうだったね。ごめんね、勢いで言ってしまっただけだから、忘れてくれていいよ」

「あ、はい……」


 だが、このまま魔術媒体も定まらないとなると次のステップへは進められない。となると、しばらくは媒体を必要としない魔術式へと、順序の変更に切り替えるべきかと悩む柊。


「柊先生は、どうして媒体に結晶を選んだのですか?」


 考え事をしていた柊は、アレッタの質問の意味を取り溢しそうになって、呆けた顔を浮かべてしまった。その顔色が面白かったのか、笑いを抑え込もうとするアレッタの口角は震えていた。


 どうせならこのまま笑ってほしかったが、アレッタなりの師を笑ってはいけないという、真面目な考えが阻んだ。


「笑いたかったら、笑ってもいいんだよ」

「い、いえ、私は別にそんな……ふふ」


 柊は強情に認めようとしない少女に頭を掻く。


「遠慮は必要ないんだよ。僕が少しでもおかしな真似をしたら、笑って欲しい。むしろ、アレッタの笑顔が見たいからね」

「柊先生が、そう言うのでしたら、頑張ってみます」


 笑う事に頑張る事があるのだろうか、と内心で疑問に思いつつ、一つ一つの器具を片付けていく。


 やはり、この中にしっくりと来るものは無かった。


 アレッタは成長によって世界真理を識るという、魔術理論を有している。成長とは魂が在り、思考する者が許された段階的進化。その魔術理論に最適な媒体が、完成しつくされた無機質な代物では相性も悪い。


 これは、中々に難しい難題に阻まれてしまったと頭を悩ませた。


 だからこそ参考は必要だと思った。


「参考に教えてください」

「良い判断だね。自分の考えが行き詰まったら、他人からの意見を取り入れる。でも、魔術師は自分理論で生きるから、あまり鵜呑みにしてはいけないよ」


 師からの忠告に大きく頷く。


「そうだね。僕が魔術師になったばかりに頃にね、僕も媒体の件で頭を悩ませていたんだ。だって、粋を集めるって、どうすればいいんだろうって思うよね。そんな時に、僕は友人と氷像の世界っていう展覧会に参加してね。その時に、氷の中に閉じ込められる造り物の恐竜を見て、これだって思ったんだ。あらゆる情報片を集めて結晶にしてしまえばいいんじゃないかって。閃きは些細なきっかけであったりするんだよ」

「些細なきっかけ。柊先生も悩んだのですね」

「それは悩むよ、僕は万能じゃない。欠点だらけの人間だから。でも、だからこそ、人は知識を追い求めるんだよ、きっとね。魔術師だけじゃない、信仰者も、飢えた狼も、自分の欠点を何かで補おうとしていると、僕は思うんだ」


 人間という単語に反応してしまった。


 自分は人間ではない。人と異形の混合種である自分は中途半端な生物。どちらにも徹しきれない私欲の為だけに生み出された命。


「アレッタにも欠点があるんだから、それを別の何かで埋めてあげよう。きっと、アレッタにとっての埋める材料が、成長なんじゃないかな」


 それは、とても素晴らしい事だと笑いかける柊。


 二人で片付けを進めていると、屋敷内に鳴るベルが聞こえた。


 来客を報せるベルに柊は首を傾げた。今日は誰からも来訪の知らせを受けてはいない日だったからだ。アレッタも来客がある日は、事前に伝えられるので、柊同様に顔を見合わせて小首を傾げる。


 柊に付き添って正門へ出迎えると、アレッタは来客者に対し、全身から血の気が引くように顔を真っ青にして固まった。


「これは、グランツ・フォルトバイン殿ではありませんか。どうか、なされましたか?」

「柊様、事前の連絡もなく訪ねてしまい申し訳ありません。ただ、貴方の背後に隠れる娘に用がありましてな」

「えぇ、構いませんよ」


 そう言って、柊は正門の錠前を外そうとした所を――どうして自分がこのような行動に出たのかさえも分からなかった。自分は何をしたのか。何をしてしまったのか。


 蔦が絡まる鉄柵は大きな音を立てて閉められた。


「あ、アレッタ、どうしたんだい!?」

「はぁ、はぁ……帰って、帰って!!」

「なんだと、貴様ァ……親に向かって帰れとは何だっ!」


 激昂するグランツは顔を真っ赤に染めて、柵越しにアレッタの髪を掴んで頭部を柵に叩きつけた。


「グランツ殿、何をしているんですかッ!」


 事態の深刻さに柊が割って入り、グランツからアレッタを引き離した。


 強打した額からは血が一筋垂れていた。


 急いで手持ちのハンカチをアレッタの額に押し当て、何が起きたのか分からない困惑した表情で、フォルトバイン親子を交互に見る。


 アレッタの拒絶反応は柊から見ても常軌を逸していた。実の親をどうして遠ざけようとするか。アレッタの家庭内での扱いを考えれば当然といえばそうかもしれないが、グランツに向ける視線に恐怖の他に憎悪の念が色濃く出ていた。


 何より疑問を抱いた挙動――どうしてここまで怯えているのか。


 アレッタは自分の身体に爪を食い込ませていた。


「アレッタ、自室に戻っていてくれるかな」

「お待ちください、柊様。俺は自分の娘に話が合って、ここまで足を伸ばしたのです」

「えぇ、分かっています。ですが、話をするにもアレッタがあの状態では、会話も困難でしょう。ここは一度、落ち着きを取り戻すまで、休息をさせてあげませんか。その間は、僕が話し相手となりましょう」


 こんなはずになると予想をしていなかったグランツは、一瞬だけ顔をしかめ、直ぐに平静を取り戻した。これ以上取り乱して心象を悪くするのは得策ではない、という気質プライドが下した判断。


 柊の慌て具合から、アレッタの出生について知らないと睨み、まだ慌てるべきではないと光明が見えた。そもそも自分の正体を明かせば、こんな平穏な暮らしが続くはずもないからだ。


「唐突に父との再会で驚いたんだよな。悪かったな、お前の気持ちも考えずに、暴力を振るってしまって、最近は我が家も大変な時期だったから」


 アレッタは柊の見ていない場所で、自分を私欲で生み出した、命の冒涜者へと睨みつけた――自分が表現できる最大限の嫌悪を以って。


 忌まわしい出自の娘から、睨まれることで感情が爆発しそうになるも、フォルトバイン家の名誉を守るべく、感情を押し殺して微笑んだ。


「柊先生……少しだけ、部屋で休んできます。取り乱して、ごめんなさい」


 こんな男と一緒に居たくもないし、花の楽園に受け入れたくもなかった。欲深い浅はかな人間の吐き出す空気を吸い込みたくはない。そう思う程に嫌悪の情が煮え滾ってくる。この男の最大の罪は、母をくだらない実験体として捧げただけでなく、その亡骸を焼却炉で燃やした蛮行に衝撃を受けたからだった。


 無道のフォルトバインは、道が無ければ道を作り歩む家系だったはずだ。それが、邪道の久世に歩み寄った道を信念も無く、私利私欲の為に邪悪に堕ちた醜態。


 グランツ・フォルトバイン自身が、家名に泥を塗りたくった事を自覚していない。


 アレッタは駆け足で屋敷へと逃げ込んだ。

こんばんは、上月です



次回の投稿は21日の21時を予定しております!

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