赤の奇跡1-7
それは悪魔というよりかは妖怪の類だった。
しかし相手が妖怪だろうと悪魔だろうと、いまこの船を転覆させようとするのであれば、執るべき手段は決まっている。
甲板に幾つも並べた鉢植えには花が綺麗に咲いているが、潮風があまり好きではないのだろう。彼らが纏う色は薄い青、気分はブルーだった。
魔力を全身に流し、詠唱を終えると、鉢の花たちはみるみると太く大きく成長を見せ、自分意思で活動するまでに至り、海面から船を揺らす悪魔を片っ端から薙ぎ、叩き付け、締め上げていく。
アレッタのように目に見えて効果的な物理手段を持たないヨゼフィーネは、最小の対価で最大の効果を発揮する等価交換の魔術を展開させていた。
代償はヨゼフィーネが身に付けていた腕時計。
得られた等価神秘は海面広域に重力場を発生させ、悪魔達が次々と圧縮、圧死していく。
「結構いい値段したんだけどな」
ヨゼフィーネは魔術を行使しながら魔術式を編み上げていく。
水辺で最大の効力を発揮する属性は電気だが、電気の魔術式は空気摩擦から発せられる静電気を魔力によってさらに放電効果を底上げさせながら、ぐるぐると空気を高速で回転させ続けなければならない。雷を作り上げるまでにそうとうの時間と魔力を消費してしまうので、この場では実用的とは言えない。稲神聖羅は難なく電気の魔術式を編み上げることに成功している。しかし、聖羅自身もこれはまだまだ改良しなければ使い物にもならない、と言っていた。
ならば、とヨゼフィーネは魔力そのものを体外へ放出し、いっせいに形を変化させた。
太い針。
それらを一斉に掃射する。
ただの魔力を固めただけの攻撃に期待などしていない。針が悪魔共の眼球を正確に貫くと、船を揺らす手を離し、己の眼を覆って奇声を上げた。しかし、この足止めも一時的なものにすぎない。
「船長! 今のうちに船を最大速力で!」
ヨゼフィーネは今が好機と道を示した。
船長は舵を取り、悪魔共が開けた海路へと船を発進させた。
悪魔達は漁船を逃がすまいと海に潜り追ってくる。海面には黒い影がもの凄い早さで船を追い抜き、また周囲を固められてしまった。回転ローラーが何かを絡め取ったのか、停止した。
先ほどより激しく船を左右に手で揺らす悪魔共に漁師達はパニックを起こし、船上で右往左往している。ヨゼフィーネはすがりついてくる一人の漁師を押し退けてアレッタに指示を出す。
「植物で悪魔を払いつつ、港への進路を作って!」
アレッタは忠実に焦らずに植物を手繰り、悪魔達を植物の殴打で打ち払い、港への退路を切り開くも、肝心の船は回転ローラーが稼働せずに、その場で停滞している。そこをヨゼフィーネは等価交換の魔術で奇跡を掴み取った。
失ったものが何かを考えるよりまず、この場からの撤退を優先させた。
半ばヤケクソ気味な漁師たちは船を操縦し、手に持った柄ブラシやら桶やらで再び掴もうとする手を叩き付けている。
港が遠くに見え始めた頃に船は再び停止した。
「ヨゼフィーネ様、船がまた!」
原因は海面を見れば明らかだった。
「……最悪」
日本の隠語で恵比寿様やら土左衛門なんて呼ばれているソレ等が、海底からゆらゆらと泳ぐように浮上してきて船に張り付いていた。
「ゆ、ゆゆ、幽霊!?」
アレッタはパニックを起こし、漁師同様に右往左往しつつも、まだ集中力を途切れさせたわけでは無いらしく、魔術はまだ展開されていた。
悪魔だけならまだしも、幽霊まで扱えるなんて聞いたことがない。
いくつもの打開策を同時に組み上げているうちに一人の漁師が海に落ちた。
漁師に群がる膨れ上がった死体に悪魔が、暴れて抵抗する漁師を海底へと沈めていった。
「これまでに水死体が現れたことは!?」
表情を失った船長にヨゼフィーネは強い口調で詰め寄ると、懸命に首を横に振った。
「彼はもう諦めてください。残っている生存者を優先し、この海域から離脱します。私の指示を正確にこなしてください。いいですね?」
胸ぐらを捕まれた船長は今度は首を激しく縦に振り、他の漁師達のパニックを一喝で押さえつけた。
「私は船の後方、アレッタは前方、残った漁師の皆さんは左右に分かれてください。またあれらが船に近寄ろうとしたら、一斉に漁で使う網を投げ捨ててください」
「それで、どうにかなるんですか?」
見た目不相応な漁師たちの弱々しい疑問にヨゼフィーネは一度思案して頷く。
「貴方たちが私の指示通りに動けば、九十八パーセントの確立で生存できます」
魔術を目の当たりにした漁師たちはヨゼフィーネの言葉を素直に受け入れた。そこからの彼らの動きは見事なもので、捕獲網を手に左方右方で一列に並んだ彼らの目には大物を捉えようとする海の男の顔つきをしていた。
こんばんは、上月です
体調不良の為、投稿日を16日から18日の21時に変更します!