赤の奇跡1-6
船体が大きく揺らぎ、アレッタは頭部をヨゼフィーネの肩にぶつけて起きた。
自分が眠ってしまっていたのは、先の夢で認識していたが、まさか船酔いで意識を落とす羽目になろうとは思ってもいなかった。アレッタは船に乗り込むのが初めてだったので、船酔い対策をせずにいた結果がこの有様だった。
船が出航して直ぐにダウンしたアレッタに酔い止めを飲ませ、船の中で休んでいるように言ってくれたヨゼフィーネは、ようやく目を覚ましたアレッタの背中をさすった。
「だいぶ船に弱いみたいね。どう? 少しは良くなったかしら」
「……はい。なんとか、お陰で変な夢を見てしまいました」
「よくあることよ。具合が悪い時なんかは私も悪夢をよく見るから」
波に押し上げられた船はまたもや大きく揺れ、アレッタは吐き気を気張ってこらえる。
「出し切った方が少しは楽になるわよ」
「いいえ、絶対に、出しません」
死人のような生気のない顔でアレッタは首を振った。
「ヨゼフィーネ様……、悪魔使い、対峙したこと、ありますか?」
言葉を区切って少しでも楽に話そうとするアレッタの言葉に、ヨゼフィーネは小さく首を縦に振った。
「ええ、あるわ。幼い頃にね」
幼少期に悪魔使いと対峙して生き残っているということは、是非ともその時の情報を欲しいと思ったアレッタを読んだヨゼフィーネは、自分から続けた。
「私、殺されるところだった。あの時は魔術理論も媒体もまだ見出せていない見習いだったわね。私がいまこうして生きていられるのも、当時は魔術の師であり、親代わりでもあったあの男、フリント・オルディースのお陰ね」
フリント・オルディース。
今回の依頼主であるツル禿げが眩しい人の良い老人だ。
「じゃあ、フリントさんは戦闘型の魔術理論を有しているんですね」
「そうよ。今は現役から退いて、町長なんてやっているけど、昔はクラウス伯と同じ貴族だったの」
「どうして魔術師を、探求の道を断念されたのですか?」
「私が彼の魔術師としての生き甲斐を奪ってしまったから」
「……え」
「色々あったのよ。どうして、私が苗字を名乗らないか教えていなかったわね」
そういえば、ヨゼフィーネは一度たりとも名乗らなかったので、アレッタは彼女の姓をしらない。
「私、親を知らない孤児だったの。こんな固い性格だから、孤児院でも浮いていて、そんなときに見受けしてくれたのがフリントよ」
意外な真実にどう返していいのか分からなかった。
「ヨゼフィーネ・オルディース。私の正式な名前、といえばいいしらね。姓を得られた私は、自分には帰る場所が得られたってとても喜んだわ。名前を名乗るのが誇らしく思えたし、オルディースの姓に恥じない人間になろうと努力もした。その結果……、私は彼から魔術師の道を諦めさせてしまった」
ヨゼフィーネは口を閉ざした。
アレッタも追及しようとは思わなかった。
「でも、強い人だった。多くの敵を屠っていたみたいだし」
その時だった。
「悪魔だッ!」
甲板から悲鳴が聞こえた。
アレッタとヨゼフィーネは立ち上がって甲板へ出た。
これは冗談だと思いたい光景だった。
大型クルーザーくらいはある漁船の周囲、深い闇の海からいくつもの頭が浮き、その倍の数の眼がジッと静かに船上を見上げている。
漁で使用するライトの光を受け手も瞬きしない金色の瞳。
青い頭部に毛髪はないが、代わりにヒレのようなものがモヒカンのように生えている。
「お、お願いします!」
漁師達は怯えながらアレッタとヨゼフィーネに助けを求めた。
こんばんは、上月です
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