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赤の奇跡1-5

 ゲルマー屋敷で対峙したシミは言った。


 獄中は冷たかった。食べ物がなくひもじい思いをした。俺を燃やして殺した。それを見て笑った人間。


 ゲルマーの息子は不運な車の事故による炎上で亡くなったはずだった。しかし影は、息子の死とは別の死因を口にした。何より彼は自分の名を――。


キュウナナ、と呼んだ。


 キュウナナとは九七を書くのか。


 だとすればそれは番号。いったいどのような意味があるというのだろうか。


 そして影を、キュウナナを殺した人物の特徴をも口にしていた。


「俺ヲマタ殺スノカ! 魔術師!」


 だがしかし、アレッタは不可解な点に気が付いた。


 実際にアレッタは彼からそんな言葉を聞いてはいない。


 聞いていたのは柊春成だったはずだ。いいや、意識を失っていた自分がどうして影と対話していたのが柊であることを知っているのか。


 混乱しはじめるアレッタの思考の底で嘲笑う、何者かの影の存在を感知した。


 大樹アレッタに咲く花弁おもいでの奥深い場所から此方を覗く誰か。


「オレの血肉で生きる人生は楽しいか?」

「――ッ!!」


 脳が激しく揺さぶられる。警鐘が耳鳴りとなって緊急性を示している。これの声に耳を傾けるな。世の中には認識してはならないものもある。それに触れ手しまったが最後、少なくとも思い描いた日常からかけ離れた、深い暗闇に引きずり込まれる。日常の楽しい想い出なんてものは、泡沫の夢となって容易く割れてしまう。


 いったい誰なのだ。何を言っているのか。アレッタの真我がその存在を特定、解析、排除しようと、ありとあらゆる記憶を瞬時に細部に至るまで、アレとの接点を探したが諦めざるを得なくなった。


「オレが何者かなんて、ご丁寧に言ってやったじゃねぇか」

「私、自身?」

「当たらずとも遠からずだなぁ。お前は周囲の視線や反応には敏感なくせに、己自身となれば鈍感か? いや、違うか。馴染みすぎて気付けなかっただけだな」


 この存在は、「オレの血肉で生きる人生は楽しいか?」と確かに言った。


 簡単なことじゃないか。それは何の比喩でもなんでもない。そのままの意味ではないか。そもそも、自分がそうした存在であることを誰よりも忌避していたではないか。


「久世家の邪法」

「ご名答。だが、おせぇな」


 アレッタ・フォルトバインは、望まれて生を受けたわけではなかった。ありとあらゆる欲に取り付かれた父が、名門魔術家系としての名を汚すまいと、邪道の探求を歩む久世家に相談を持ちかけた。そして、ある忌まわしい手法を授かった父は嬉々として最愛の妻の死を代償にアレッタを作り上げた。


 異形の血肉を母胎に押し込んで孕ませる。


 その結果、アレッタは他人と比べても浮くくらいの美貌を得て産まれた。


 うねりのない日光を反射する銀髪。視神経までも見通せそうな澄んだ紫色の瞳。寸分の狂いなく綺麗な小顔に配されたパーツ。そしてなにより父が望んだ、魔力の中でも最上位の色、純白色の魔力。伝説級やら神話のマナなどとも呼ばれる、透明の魔力と並ぶ奇跡の魔力を有して産まれた。


「オレはお前の中核と表現してもいいくらいだ」

「その中核の異形が私に今更どのようなご用ですか?」

「連れねぇ言い方じゃねーか。直々に忠告してやろうとこうして出張ってきたってのによ」


 大樹に咲く記憶の花弁の隙間から眼だけ覗かせた異形は愉快に言う。


「なら、姿を見せて堂々と向かい合いませんか?」

「いや、姿を見せるのは止めておこう。オレはシャイボーイなんでな。こんな美人を前にして大事なことを言い忘れちまいそうだ」


 異形のくせによく冗談を言う。


「……あれ。異形とは人間と会話なんて」

「ああ、人間とはな」


 含みのある言い方だった。


お前は自分を人間だと勘違いしているのか、という口ぶり。


「まあ、構いませんけど。それで、大事な要件を伺います」

「お前、この件に首突っ込むな。後悔するぞ」

「まるで、これから起ころうとしている事を知っているかのような口ぶりですね」

「知りはしない。これはオレの恐怖心が警鐘を鳴らしているんだ。ガンガンうるせぇくらいに鳴りっぱなしだ。異形は本能で生きている。こういった身の危険には敏感なんだよ、上位の異形になればそれだけな」


 異形は口調を真面目なものに変えて続けた。


「悪魔使いは魔法使いとは別ベクトルでぶっ飛んだ存在だ。戦闘力で言えば魔法使いに軍配が上がるが、危険度で言えば悪魔使いだ。それも圧倒的な数値差でな」

「悪魔使いとはどういった役目を担っているんですか?」

「役目だぁ? お馬鹿を言っちゃいけねぇよ。魔法使いですら世界の無意識に従って歪みを生み出すというやくに嵌まった行動を取る。しかしよぉ、悪魔使いは異形と同じだ。本能に従って己の好奇心と嗜虐心を満たすだけの獣だ

「戦闘力は魔法使いの方が上なら、私とヨゼフィーネ様でなんとかなります」

「甘ぇ。生真面目な性分の奴の天敵なんだよ。凝り固まった思考を外れた手段を講じるのが悪魔使いだ。それに、悪魔使い単体はそうでなくても、呼び出された悪魔は普通の悪魔とは住む世界の異なる悪魔界の住人だ。経験しただろぉが、過去二件の悪魔が普通の使役される悪魔とは根本から異なってることをよぉ。おっと、そろそろ目覚めの時間だぜぇ。この夢は忘れさせねぇからな」


 最後の言葉の意味は分からないが、アレッタの意識は夢世界から遠ざかった。

こんばんは、上月です



次回の投稿は10日の21時を予定しております!

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