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赤の奇跡1-4

 これを夢だと自覚はしていた。


 これまで見たことのない夢だ。あの稲神聖羅が、今までに見たことのない人間味を排除した笑みを浮かべているからだ。彼女の周囲は赤黒い液体がぶちまけられている。対峙するアレッタはなんとか彼女に手を差しのばすが、聖羅はただただ歪んだ羅刹の笑みを浮かべているだけ。自分の想いは届かず、聖羅は離れた場所からナイフを一閃させた。


 視界の直ぐ脇で誰かが落ちた。上半身が切断面を滑り落ち、また一つ赤黒い液体を広げていく。


「クラウス様?」


 老年の顔には苦痛の表情が浮かび固まっていた。既に事切れている。


「聖羅!」


 夢だと分かっているはずなのに、どうしてか現実的な生々しい夢だった。まるで現実に起きた出来事を脳が夢だと無理矢理認識しようとしているかのよう。


「どうして、こんなことを」


 聖羅は答えない。


 赤茶色の瞳は好戦的で、視界に映る者すべてが排除すべき障害だと認識しているような殺意に染まっている。


 質の悪い夢だ。


 くだらない。稲神聖羅は確かに自己主張を押し通し、あらゆる障害は効率的な武力で排除しようとするが、少なくともあんな血に飢えた眼はしないし、一瞬で体温を奪い去ってしまうような笑みは浮かべない。


「お前のいちいちが癪に障って仕方がないんだよ。アレッタ・フォルトバイン。お前、望まれて産まれたわけじゃあないんだろ? 異形の血肉と人間の種で作られた悍ましい化け物」

「そ、そんなこと」

「ああ、喋るな。化け物を殺せば、私は英雄だろうなァ。クク、私は最強の二文字を手にする。頂の座には私一人が座る。両隣に並ぶ有象無象は必要ないんだよ。邪魔な因子は早めに摘み取っておかねばならんだろう?」


 何を言っているのか。夢なんだから早く覚めろ。こんな聖羅は偽物だ。頭を何度も強くふるって意識の覚醒を求めると、周囲が白んでいき、あの歪んだ笑みを浮かべる稲神聖羅は黒い影となって白い光の中へと呑まれていった。


「――ッ!」


 条件反射で身を起こしていた。


 ベッドシーツはぐっしょりと汗を吸収している。衣服も下着も肌に張り付いていて気持ちが悪い。アレッタは夢の出来事を詳細に覚えていた。とても不愉快な夢だった。馬鹿らしい夢を見たものだ。きっと疲れているのだろう。一日の休息では身も心の疲労は解れていないのかもしれない。


 時計を見ると深夜の一時を過ぎたところだった。


 早朝の漁へ向かう漁船に搭乗させてもらうまで、まだ時間があったが、二度寝を擦る気にはなれなかった。またあの夢を見ることを恐れているのだ。


 カーテンを開けて眺める海は暗く、微かな波音の静が聞こえる。


 汗で濡れた肌が凍えるような夜風が開けた窓から流れ込んでくる。しかし、とても心地良くも感じていた。


 町長の屋敷だけあって、客室にはバスルームも取り付けられているが、せっかくなので二十四時間利用可能な大浴場へ向かった。


 浴場には先客がおり、彼女は一人、背を向けて湯に浸かっていた。


「ヨゼフィーネ様?」

「え? ああ、アレッタね。ここのお風呂気に入ったのかしら?」

「はい。とても、心地の良いお風呂です」

「シェルシェール・ラ・メゾンの大浴場より?」

「意地悪な比較をしますね。でも、私は両方とも好きです。日本様式のお風呂は初めてなので、とても新鮮で。ヨゼフィーネ様は?」

「私はただやることがなかったから、かしらね」


 そう言ったヨゼフィーネは何かを考えるようにぼんやりと天井を見上げた。


 彼女の隣で湯に浸かりながら、同じように天井を見上げる。


「せっかくのお風呂時に話すことでもないのは承知でいいかしら?」

「ええ、はい。何でしょうか?」

「覚えている? 貴女が初めての任務で、柊殿とキルツェハイドと共に訪れた屋敷のこと」


 だいぶ昔の話だ。


 まだ他人が怖くて、なんとか距離を縮めようと努力をしていた頃だ。小さかった自分を思い返せば、懐かしさやら可笑しさやらが今になって、過去話として笑えるようになった。


 そう。あれは確かに自分にとって魔術師見習い初の同行任務だった。封鎖された部屋。室内のおどろおどろしい儀式じみた内装。人型のシミ。思い返せる記憶はまだ鮮明で、細部に至るまで映像として思い出せたことに驚いた。


「私はまだ未熟で、勝手に怒って、勝手に重傷を負いましたね」

「あのシミは」

「まさか!? 悪魔使いと関係が?」

「なくはない。考えてもみて、オルグイユ女学園のクレール・アラン、辺境貴族のグレマー。二人は裏社会に関わりを持たない。それなのに、傍には悪魔、いいえ、異形の影があった。立場も支配されているのではなく、人間が支配する形での在り方」

「たしかにそう考えると。でも、あのシミは、グレマーさんの息子さんです」

「グレマーの息子は妻と共に車の事故で亡くなっている。死者蘇生は魔術や魔法でも不可能な神秘。では、無知な男がどうやって息子を黒いシミにしたのかしら?」

「それは……、あ、でも」


 アレッタは思い出した。


 あのシミは不可解な発言をしていた。

こんばんは、上月です



次回の投稿は7日の21時を予定しております!

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