疑わしき依頼1-16
名は体を表す。
外道の稲神は本来を否神と書き、神を否定する神殺しの血を持つ家系。
邪悪の久世は本来を救世と書き、人の世を神から救済する役割を担う家系。
正道の津ヶ腹は本来を番払と書き、神のペットである人との関わりを断つ役割を担う家系だという。
アダムの語る神が人を飼い慣らしていた常世の時代を語った。しかし、それはアダムが見てきた歴史ではなく、アダムが産まれた際に既に頭の中に組み込まれていた情報だ。
「まさか、魔術四家はそんな古い、いいえ、別世界からの由来があったなんて……」
とうてい信じられるような話では無い。
アダムは事実を語った。
「概念を生み出したのは始まりの世界、常世の時代と呼ばれる神々の世に生を受けた人間です。私はその人物に造り出され、この世界を生み出しました」
「魔術を生み出したのは」
「思い出せません。もう遠い記憶の果ての出来事ですので」
アレッタは言葉を失った。
もう考えるのが嫌になるほどの膨大なスケールだったからだ。
「貴女たちはただ生きていれば良いのです。人には人の、システムにはシステムの成すべき事があります。私はあの靄を排除するだけ」
森が開けた。
赤い靄と稲神聖羅が激闘を繰り広げている。
とうとうあの靄も攻勢に転じ、歪みが稲神聖羅を抹消しようと宇宙神秘を惜しげも無く発揮している。
防戦を強いられる中、クラウスと柊は聖羅を宇宙神秘から守るべく魔術で迎撃する。
不可視の刃は空間を裂き、空間間隙の檻を形成して靄を閉じ込めている。靄の放つ例の一撃は間隙に遮られて霧散する。
動きは封じたが、決め手となる手段もなく、あの間隙も聖羅の魔力が尽きたと同時に塞がってしまう。
聖羅はアレッタがアダムを連れて戻ってくるそのときを待っていた。
だから、アレッタは大きな声で聖羅を呼んだ。
「聖羅、お待たせしました!」
「遅いぞ、馬鹿者が! 私の魔力も枯れかかっているんだ、まさか呑気に駄弁りながら来たわけではあるまいな?」
「う、大丈夫です!」
「う、ってなんだ!? おい、いまの、うっ、ってのはどういう意味だ!」
言い返す彼女の言葉に余裕は無いが、希望を得たり、といった活力は感じられた。
後は任せたぞ、と手を上げ、魔術を展開した状態で駆けてきた二人と入れ替わって後退した。
ここからはアダムとアレッタが靄に対峙する。
靄が震えている。歓喜しているようだ。
「――――・――――・――――、申し訳ありませんね。こんな姿で相手をさせて貰いますが」
アダムは今なんと言ったのか。
靄の名前を告げたのだろうが、アレッタには強いノイズが入って聞き取れなかった。だが、靄は彼女の問いかけに反応を示した。
「ア……最……まだ」
靄が初めて声を発した。
くぐもって聞き取れないが、アダムにはしっかりと靄の言葉を理解しているかのように頷き、時には首を振って応じている。
「まだ、私は諦めてはいない。ただ、それだけを覚えていてください。これは最終戦争ではない。貴女の気まぐれで、何度も世界をやり直し、創りあげる此方の身にもなってください」
アダムは溜息を吐いて、アレッタに視線を向ける。
「来ますよ」
靄は聖羅が世界に切れ込みを入れて作り上げた牢屋を、障害にも感じずにすり抜けた。
こんばんは、上月です
次回の投稿は21日の21時を予定しております!