疑わしき依頼1-11
ありえないことが起きた。
三方向から侵攻していた部隊が、互いに正面から向かい合って合流した。
部隊を率いていた三者は驚きと、疑念の視線を向け合っていた。
異界と化した領域だ。正面の相手は偽物ではないかと、疑心暗鬼に駆られている中、一人の少女がゆっくりと向かい合う中心地に歩みでた。柊たちの部隊以外は、彼女を初めて見る。アレッタを初め、多くの者の中に彼女の顔に覚えは無い。
アレッタが説明をしてほしい、という視線を柊に向けるが、彼からの返答は、彼女が説明するというアイコンタクトのみ。
「現代の魔術師の皆様。お初にかかります。私はアダム・ノスト・イヴリゲン。魔術の創始者であり、シェルシェール・ラ・メゾンの創設者です」
誰もが唖然とした。
執行会、魔術師、双方から謎多き人物として危険視されている魔術師が、いま目の前に、それも数百年も生きていると噂された存在が、まだ十代前半くらいの少女。
「おい、なにをふざけている! 私が知っているアダムは、お前みたいなガキじゃあなければ、人間味のある表情をしていないぞ!」
「稲神聖羅ですね。この世界に生きる私から情報を授かっています。稲神聖羅。あなたがアダム・ノスト・イヴリゲンを思い出している事が、私がアダムである証明です」
聖羅は思い出して、言葉につまった。
誰もが驚いた。彼女の正体に。アレッタも彼女を見て、記憶から消えていたアダムの容姿を全て思い出していた。
「この現象も、この歪みの中心地にいる魔法使いの仕業。世界が存在を承認していない外部の者。この世界の内側に生まれた、あなた方では対処できないと判断した世界が、私を駒として投入しました。しかし、制約を課した条件、それは私がまだ半人前だった頃の実力に引き下げた状態。万全の私が動けば、世界は崩壊するからです」
彼女の言葉に食って掛かるのは、やはり聖羅だった。
「この世界の内側だと? これだけ多くの裏社会に生きる猛者が集っても抗えないと言うのか?」
いらだつ聖羅にアダムは、しっかりと首肯した。
「全人類が束になっても敵わないでしょう。今から対峙しようとする相手は、それほどの存在なのです」
「何者だ、そいつは」
「今の私は知りません。この世界に生きる私であれば、何か知っているでしょうけど、残念ですが、その存在についての情報は検閲されています」
打つ手が無い相手にどうすればいいのか。
アレッタは一つ、アダムに聞いてみた。
「アダム様が参戦されれば、なんとかなる相手なのですか? 言いましたよね。私たちでは対処できないから、貴女が投入された」
「どうでしょうね。この世界の私であれば、膨大な力を有していますが」
「おい、さっきから世界ってなにを言っている」
「この世界は、そうですね、アダム・ノスト・イヴリゲンが見ている夢の一つでしかないということです」
誰もが愕然とした。
これは何の冗談か。馬鹿げている。この世界はアダムが見ている、夢の世界だとでも言うのか。彼らの困惑をさらに加速させるようにアダムは言った。
「アダムはこれを悪夢だと断じれば、別の世界を創りだし、この世界を無かったことにすることができます」
聖羅の発言を遮ったのは柊だった。
「悪夢の基準は?」
「さあ、まだ私には分かりません。アダムの本体がそう指示するのです。これは悪夢だ。存在してはいけない世界だと」
でたらめすぎる。長い歴史を紡いできた世界は、一人の魔術師の見る一瞬の夢だと言われたのだから、誰もが憤慨の念を抱く。
「近いですよ。外因子の存在が」
アダムは静かに告げた。
「私はこの世界に呼ばれたアダムの代替です。文句はこの世界の本人に言ってあげてください。いま私たちが成すべきは、この異界を広げた魔法使いの、いいえ、存在の消去です」
クリーム色の瞳で一同を見渡す。
「私が投入されても、私単体ではきっと何も出来ません。皆様の力も併せて、なんとかできる相手なのでしょう」
薄く微笑んだアダムは、ある方向を指さした。
「あの方角です」
こんばんは、上月です
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