疑わしき依頼1-8
警戒を怠ってはいなかった。
緊張もしなかったが、周囲には気を張って、いつでも戦闘行為に対応できる準備を整えていたはずだった。しかし、そいつらは、まるで目の前に召喚されたかのように突然襲ってきた。群れで。列を成す部隊に飛びかかってきた。
クラウスは右手でサーベルを抜き、飛びかかってきた一匹の異形の首をはね、銀貨一枚を左手で握り、詠唱を済ませた。
銀貨が発光し、小さな円形から光りの玉がいくつも出てきては宙を踊っている。
「全力で捕食して構わない。最速の仕事で、最大の戦果を上げてくれるかの」
クラウスの声に従った光の玉。
薄ぼんやりと球体の中に見える、小さな人型が、背から生やした羽を激しくはためかせながら異形へと飛んでいった。一匹だけがクラウスの身を守るように、彼の近くをフワフワと泳いでいる。
「ああ、なんてこったい。神の加護を最大限に活用するんだ!」
防御に優れる執行会が魔術師と異形の間に割って入り、防衛の炎を即座に発生させた。魔術師と違って時間を掛けずに炎を出す彼らに遅れて、魔術師達も各々の魔術式や魔術を展開して、異形を押し返していく。
いかに防御が優れようが、いかに火力を振りまこうが、際限なく暗闇の茂みから湧いて現れる異形に、執行会と魔術師の連合軍は被害を大きくしていった。
「このままじゃ消耗戦だ。クラウス殿、何か策は?」
「ヨゼフィーネ殿に預かった、先生たちがおるよ」
「……先生?」
クラウスは懐から一枚の紙を取り出した。
これから何をするのか。誰にも分からない。しかし、魔術師は命を狙われる身であり、なにより戦闘に向かない魔術理論を有する者が多くいる。そんな彼ら、多くの魔術師たちの心強い協力者たちを、契約という形で使役できる悪魔がいる。
使役悪魔。
魔術師として誇りを持つ魔術四家は、悪魔との契約をよしとはせず、他にも柊やクラウスのように、契約しなくてもなんとかなる、と思っている個人主義者は悪魔と契約をしない。しかし、用心深いヨゼフィーネは違った。
悪魔にも位階があり、十三世界の悪魔を最高位階とし、魔術師の相性や実力に見合った悪魔と契約を結ぶことが出来る。ヨゼフィーネが契約する悪魔は、上から四番目と高位の悪魔だ。それも、複数体と契約をしてみせた、悪魔に愛された女性。彼女の契約した悪魔の数体をクラウスと柊は預かり、何かあった際には召喚するよう言われていた。
本来、契約を結んだ悪魔は契約者でしか呼び出すことが出来ないが、ヨゼフィーネは今回を例外として、悪魔達と話を付けたという。
「頼むぞ! 美しき策謀者から託された悪魔よ」
紙を投げ捨てた。
ヒラヒラと地面に落ち、紙面から魔術陣が浮かび、広がり、発光し、煙がモクモクと溢れた。
「契約者の願いに応え、我等、門の守護者、不要な因子を還らぬ扉の向こうへ送呈する者」
現れたのは大蛇。
しかし、その首から先は立派なタテガミをなびかせた獅子のもの。
命令するまでも無く、自分での発言を実行した。
素早く、小回りの特性を生かした蛇の身体は、異形共を尾で吹き飛ばしながら、木々を縫いながらまだ身を隠す異形共をその牙で捕食していく。
知能の無い、空腹という欲求に従って行動する異形でさえ、立ち向かうことに躊躇い、蛇に、獅子に睨まれた蛙のように硬直している。
逃げるべきか、欲求に従うべきか、そもそもそんなことを考えずに、逃げるべきだったのだ。いいや、逃げることさえ、許されなかっただろう。
木々を薙ぎ倒す勢いの咆哮。鼓膜が破れるような悲鳴。
瞬く間に悲鳴の数が減少していく。
一方的な虐殺に、人間側の勢力は唖然とその様子を眺めていた。もちろん、クラウスも含めて。彼女が高位の悪魔と契約を結んでいるのは知っていたが、普段、彼女は自分の魔術と魔術式だけでなんとかしてしまうので、実際に悪魔の実力を見たのはこれが初めてだった。
「迂闊に、セクハラできないなぁ」
彼のぼやきは誰の耳にも入らなかった。
それほどまでに、蛇と獅子を混同させた、血に濡れた悪魔に心奪われていたのだ。
こんばんは、上月です
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