疑わしき依頼1-7
初めにこの異界の異変に気が付いたのは、クラウスだった。
地図に沿って歩いている。正確な道順に沿って。周囲は見渡す限り同じような風景だ。もしかしたら、用心しすぎて、そう思い込んでいるだけかもしれない。しかし、この異変を気のせいだと断定するには不用心だ。
遠く離れた右方では中央部隊の微かな灯火が小さく幾つも列を成している。
中央部隊が確認できるギリギリの距離を空け、左右の部隊が先導するように進行する。これは、前方からの敵勢力に対応と呼びかけができる為である。
「ふむぅ」
クラウスの疑念を感じ取った、執行会幹部が一瞥した。
「何か気になることでもあるのか。あるなら、言って欲しい。たとえ、それが杞憂であってもだ。情報は共有するべきだ」
「お前さんは、話せる奴で助かったよ。地図通りに進んでいる、間違いはないはずだな?」
「ああ、その通りだ。赤髪の魔術師が示した道を進んでいる。それが何だ?」
「なんだかね、道が逸れているような気がしてな」
「似た景色だから、そう思い込んでいる、というわけではなくか?」
「それが、わからんのぅ。儂もいいジジイだ。ボケてきたのかもしれん」
「それは都合が良い。魔術師は頭が切れる奴が多い。特にあんたのような、アダムに次ぐ危険因子が衰退してくれるなら、信仰会がそれだけ優位に立てる」
「クク、言ってくれるなよ……おっと、稲神のお嬢ちゃんみたいな口調になってしまった」
「稲神聖羅、か。アレッタ・フォルトバインや津ヶ原、久世の魔術師はお前を凌ぐ希望になりそうか?」
一時的な協力関係にあるはずにもかかわらず、執行会の若い男は、友好的な態度でクラウスと会話をしていた。クラウスも同じような態度で話すものだから、彼らに続く者達にも組織間の緊張は無くなっていた。
「戦闘行為や真理探究で言えば、稲神とアレッタのお嬢ちゃんたちはずば抜けているなぁ。津ヶ原の坊ちゃんと久世のお嬢ちゃんは戦闘には不向きだが、家の求道に沿った思考で真理を日々探っているよ。ただし、戦闘行為ではなく、殺し合いだった場合、真に恐ろしいのは、アレッタ・フォルトバイン。彼女が成長し続ければ、誰も手が出せなくなる。稲神聖羅であっても御せない程に、の」
クラウスは真面目な顔つきで、この男を驚かそうという思惑も無く、事実を淡々と告げた。執行会の男も彼の雰囲気を察して、黙り、何かを考えるような素振りを見せた。
アレッタ・フォルトバイン。彼女の出生を知る者はごく僅か。久世の外道な秘術によって、生み出された怪物の子。口にはしないが、クラウスはアレッタの成長が恐ろしかった。将来、彼女の一存で全てが、均衡や常識がひっくり返される。そんな不安が常にあった。
今は無垢な蕾みだが、開花した花弁はどのような色に染まっているのだろうか。
「希望か絶望か、パンドラの蕾みは開花を待つ、か」
「あんた達の希望は信仰会の絶望で、あんた達の絶望は世界の絶望というわけか」
「察しが良いな、若い信仰者さんは」
「神様のお言葉に従うだけの、俺たちは能なしじゃないんでね」
「誰もそこまでは言ってはおらんだろうに」
「そこまで、ということはそれなりには思っていたということか?」
「ふふ、この上げ足取り小僧め」
「偏った知識に縋る、言葉達者な老人は老害扱いされるぞ」
痛い場所を突いてきおった、と楽しい気持ちになった。
若い頃に比べて世界真理の為の知識の他にも、色々と余計な知識を身につけた長い人生。他の若者達に老害扱いされていないか、ちょっとだけ不安はあったが、まあ、老い先短い人生だ、精々、自分が楽しい人生を飾る知識として発信していこうと考えていた。
「話をそらした、すまない。一応、違和感は俺たちにも共有された。何かあれば、俺たちからも発信する」
「ああ、そうしてもらえるかな」
この時だった。
その違和感が現実のものとなったのは。
こんばんは、上月です
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